ふと目を覚ますと、目前に見慣れた顔があり思わず目を瞬いた。
普段の雰囲気から刺々しく人を寄せ付けない彼だが、今や鋭い眼光を放つ瞳は長い睫毛と共にそっと伏せられている。眉間にシワひとつない穏やかなその寝顔は、彼を幾分か幼く見せた。
すうすうと小さな寝息が聞こえ、起こさないようにとそろりと腕を回して彼を身の内に抱き込む。じんわりとした暖かさと静かな鼓動が伝わり、ほうと息を吐いた。

「いつもこんなだったらいいのになあ」

大人しく抱き込まれている塊のつむじを見下ろし、ぽろりとわがままがこぼれた。なぜって、彼はいつも触れることさえ許してくれやしない。指先でちょいと触れれば親の仇かと思うほどに睨まれ、抱きしめれば全力で腕を引きはがしにかかる。噛まれたことだってある。それは人に慣れない野良猫のようだった。しかし人恋しい時にもつらい時にも彼はどこにも寄り付かない。
つまる処、彼は誰も何も信じてはいないのだ。恋人である俺でさえも。
俺がそれほどに頼りないのだろうか、信用するに値しないのだろうか。そう考えると、心当たりしかないのだけれど。彼と出会う前に好き放題と遊んでいたツケが回ってきたのだと、嫌でも思い知っている。
それでも、好きになってしまったのだからしょうがない。俺が想うのと同じように彼にも想ってほしい。そんな我儘を常に身勝手に押し付けているのに、彼は逃げないでまっすぐと俺を見て、少しばかり許容してくれる。それがたまらなく愛しく、もどかしかった。

「愛してるよ」

せめて寝ている間だけでも、と請うように囁き思う存分と頬にキスを落とす。睡眠学習ならぬ、刷り込みで好きになってくれないかななんて少しの期待を持って。

「……おい何してる」

そうして夢中でちゅっちゅちゅっちゅしてると、どすの効いた声が耳に届いた。

「うはよ」
「おはよじゃない」
「じゃ、お目覚めお姫様」
「よし、ぶっころがす」

拳がゆうるりと持ち上がりきつく結ばれたのを見て、慌てて待ったをかけてその手首をつかむ。すると、訝しげな視線が迷うように泳ぎ、ややあって手を振り払われた。

「人様が寝てる間に、やめろよ」
「少しくらい、いいだろ」
「少しじゃない」

掠れた声が彼の唇から溢れる。その顔をじっと見た。怒っているような、照れているような、くしゃくしゃな表情だった。触れたら溶けてしまいそうな、泣きそうな顔だった。
そんな顔を、ぐずぐずにどろどろにしてやりたくて、思わずと払われた手を再び伸ばす。武骨で傷だらけの指先から、骨ばった手の甲。見た目より細い手首。指先でゆっくりとなぞる。名前を呼んだ。こちらをおそるおそると写した瞳が潤んで、揺れている。
こわい、と彼の吐息が漏れた。

「待つよ」

待つから、お願いだから、離さないでくれ。



待たせっこ
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