前生徒会長×生徒会長
 

机上に積み重ねられた紙の山。一日一日、日が経つ事に減るどころか増えていく一方の紙の高さに眉間に皺が寄る。

もういっそのこと目の前の山を薙ぎ払ってやろうかと、ペンを握っていた右手に力をいれた時…。

「よせよ」

そっと上から右拳を包むように掌が重ねられた。
同時に、上から落とされた声音にびくりと肩が跳ねる。

勢いよく顔を上げて声の主を確認すれば、茶色がかった金髪にゆるく細められた焦茶色の瞳。
重ねられた手はそのままに、穏やかな色を灯した瞳が会長席に座る千歳を見下ろしていた。

「なっ―、何でアンタがここに居るんだ!?」

「現副会長に泣きつかれてな。ここのところ会長が殺気立ってて怖いからどうにかしてくれって」

ここに居るはずのない人間、前生徒会長東條 和久(とうじょう かずひさ)は苦笑混じりに返すと現生徒会長でもある近衛 千歳(このえ ちとせ)の濡れ羽色の髪に左手で触れた。

「で、どうした?」

さらりと手触りの良いさらさらの髪に指先を通し、和久は睨むように見上げてくる切れ長の双眸を見つめ返す。

「…ンでもねぇよ。アンタには関係ねぇだろ、帰れ」

重ねられていた手を払い、千歳は再び紙の山と向き合う。
和久は払われた手を気にすることもなく、しょうがねぇぁとその表情を緩めた。

「…千歳」

そして以前一度だけ千歳が好きだと言ってくれた低く甘い声音で名前を呼ぶ。

「っ…!」

「忙しくて、俺に会えなくて寂しかったか?」

「誰がっ」

間髪入れずに返ってきた言葉に和久は微笑を浮かべる。

「俺は寂しかったぞ。朝起きても隣にお前がいないんだからな」

じわりと赤みを帯びていく耳朶を見下ろし和久は尚も言葉を続ける。

「千歳。意地張ってないで俺を頼れよ」

ここのところ千歳が生徒会室に缶詰め状態なのには理由があった。元々学校行事が多くて大変なのだが、先週の頭に季節外れの転校生がきたことで忙しさに更に拍車がかかっていた。

その転校生というのが曲者で、転校生というよりはもう問題児といって言い程に。ちやほやされて育ったのか高校生にしては言動が幼く、自分の思い通りにならないとすぐに暴れだし、手に負えないのだ。
そのせいで風紀は問題児に掛かりっきりになり、その間風紀が処理する書類が生徒会に回される。

現在生徒会は千歳を含め副会長に会計と書記の四名で運営されているが、その誰もが各々の仕事プラス風紀から振り分けられた仕事に忙殺されている状態であった。

「千歳」

直ぐ側から降ってくる柔らかな声音に、千歳は手にしていたペンをぎゅうと握り締め唇を噛む。

「っれは…そんなに頼りねぇか?」

先程突き放すように言った時とは違う、感情を押し殺したような小さな声が静かな室内に落ちる。

「アンタから引き継いだ役目を…俺じゃ無理だっていうのか…?」

「そうじゃない」

小さく震えた声に和久は否定の言葉を被せる。椅子に座ったまま微動だにしない千歳の背を和久はふわりと後ろから優しく抱き締めた。

「そういうことじゃない。…千歳は生徒会長として良くやってる。頑張りすぎるぐらいだ」

耳元に寄せられた唇が千歳の鼓膜を震わす。

「俺はな、生徒会とか抜きにして恋人として俺を頼って欲しいって言ってるんだ」

「だが…」

「何だ?俺の方が恋人として頼りないか?」

「そんなことねぇ!俺は和久が来てくれて…その、嬉しかった…」

ぼそぼそと萎んでいく言葉尻とは逆に千歳の頬が薄紅色に染まっていき、間近でその様を見ていた和久は口許を綻ばせる。

「なら手伝っても良いな?」

「……っ仕方がねぇから、許可してやる」

「良し。それじゃぁ早く終わらせて今日は一緒に帰るぞ」

すと身体から離された腕を無意識に千歳が目で追う。それに気付いた和久はクツリと低く笑って、千歳の好きな声で囁くように千歳の耳元で告げた。

「寮に帰ったら嫌ってほど甘やかしてやるから覚悟しておけ」

「なっ……!」

かぁっと一瞬で顔を真っ赤に染め上げた千歳を和久は愛しげな瞳で見つめ、そんな和久を千歳は照れ隠しをするように目元を赤く染めたまま睨み上げた。

「ほら、可愛いことしてないでその書類貸せよ」

「ばっ、俺は可愛くなんか…っ」



その後、机上に積まれていた紙の山は綺麗に無くなり、生徒会室は数日振りに無人の空間と化した。



<了>



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