親衛隊×生徒会長
 

今日も今日とて盛大に学校を探し回り、日が傾く無常さを噛み締める。空を焼く夕焼けを叙情的に眺めていると、携帯が振動を伝えてきた。親衛隊の連中であれば出るのを辞めようと思っていたが、開いた画面に表示された名前を見て重く腹に溜まったものから解放された気分になった。暫し親衛隊業務は中断にして、潤して貰おうと向かう足取りは何処までも軽かった。

※※※

そもそも、高校からこの学校にやってきて独特のしきたりなど知らなかったといってもいい。まず、初期の知識としては金持ちのおぼっちゃんばかりの学校で、ほとんどが小学部から高等部までエスカレーター式に上がっていく程度だ。それに元々この学校に入るなどと自分も含め親も誰も彼も予想していなかった。せいぜい地元の公立だと薄らぼんやりと思っていたが、ある分岐点の為に学業に取り憑かれて、あれよあれよと気がついたら合格者の張り出しに自分の番号があった。それでも主席ではなかったが別段良かったと思う。寧ろ燃えた。

旧き神話の娘が箱を開いたらありとあらゆる厄災が溢れた様に、中身が溢れて初めて解る事がたくさんある。そう悟ったのは入学式を終えてゴールデンウィークを越えて気だるいと入学式前に知り合った先輩とぼやいていた所に見目の派手な集団に囲まれた時だ。同伴者がいるにも関わらず、公衆の面前、更に詳細に言えば食堂にて。この異常な光景を普通に流している様はとかく異様だった。

「驚かせてすみません。僕たちは怪しいですが怪しいものではありません。親衛隊です」

「新聞なら間に合ってますんで」

「新聞違う!先輩に対してなんなのその冷たい眼差し!」

「まーまー聞いてあげたら。僕の激辛海鮮チゲ鍋うどんもまだだし」

 穏やかに制した同伴者こと先輩に逆らえず、大人しく席に着く。

先輩とは入学式前に学校を見に来た時にたまたま出会って意気投合した仲だ。自分より長身で運動しているのか身体も締まっていて目つきがやや鋭い。髪の色素は薄いのに肌は浅黒な上、彫りも深いので別の国の血でも引いている様にも思える。外見に似合わず、驚く程とても穏やかで少し天然っぽい所がある。趣味は裁縫や料理。本人はそれがコンプレックスで嫌らしいのだが、それが逆に魅力というかますます深く知りたいと思う様になっていた。

「貴方を親衛隊に引き入れます。届けもまだだというのは聞いています」

「えっと…まず親衛隊って何ですか?ファンクラブ?でも男しかいないですよね」

 そう、周りは悲しいくらいに同性しかいない。見目が女と相違ないものもいるが男は男だ。漫画の様な成長期の胸を潰して乗り込んでくる男装の美少女もいない。なのに、ファンクラブとは如何なものか。空しいにも程がある。

「いいえ、我らの会長はお姿を見せません。というか歴代で会長の姿は過去に色々あって、その対策として黙秘されているんです。今日の入学式もぶっちゃけ影武者なので」

「ええ…」

 公式の行事でも影武者とはどういう事か。影武者とまで解っているのに本物が解らないとはどれだけ隠れるのが上手いのかと色々疑問が沸くが、口を噤む事にした。あまり深く聞くと興味があるみたいに思われるのも相手にも失礼な気がしたからだ。

「それ、親衛隊でなく捜索隊ですよね」

「あはは、それ確かに。変えたら?」

「親衛隊の方が格好良いだろう!それに我々の行為は会長をきちんと守っている!」

電源が入った風に無気力さが嘘の様に声高に叫んだ親衛隊のリーダーに、今すぐに逃げたい衝動に駆られた。何とも言い訳に近い理解しがたい理由をきっぱりと告げられ、聞くのは失敗だったという思いがこみ上げてきた。

「まあまあ、千裕くん。部活入らないんだったら入っとけば」

「…え。先輩、まじでこの捜索隊に入れって言ってるんですか!」

「だから親衛隊だ!この恵比寿顔!」

 眼が細くて加えて目尻が下がっているので、いつも笑っている様に見られる点を指摘され、不快が顔に出る。が、先輩もいる手前なんとか自分の中で無理矢理昇華させる事にした。

「だって、部活に入るの校則だよ。会長の親衛隊なら部活レベルだし。凄いんだよ?わざわざ勧誘だなんて」

 運ばれてきた石焼きに収まったぐつぐつと煮え立つ海鮮チゲ鍋うどんを前に先輩はきらきらと純朴な視線を向けてきている。後にも先にも自分よりいかつい外見で可愛いなどと思えるのは先輩だけだろう。そうそうあっても困るが。

 焦って部活を探したが、結局のところ合いそうな部活は見つからず、というか音の速さで勧誘されたという事実が回っていたのか、何処にも悉く断られぎりぎりで提出した課外活動紙には『生徒会長親衛隊』としか書けなかった。

※※※

「ごめんな。忙しかったのに」

「いえいえ、どうせ見つからないんで」

 ベンチに座った先輩がさりげなく紙パックのジュースを差し出してくれた。こういう気配りが先輩らしい。

「まあ、これを渡したかったんだけなんだけど」

「お、やった!腹減ってたんです!」

シンプルな小分け袋に入っているのは丸や四角のクッキーだった。実は甘いものが好きな千裕は先輩のお菓子が舌に合っていて、最初に恥ずかしがって出された時に絶賛してからというものこうして作ったものを少量でも渡してくれる。

 シナモンの、鼻を抜けるスモークめいた独特の甘みを味わいながら、紅茶を流し込んでいく。

「僕が言っといてなんだけど、大変だね」

「いや、仕方無いですし。でも割と楽しい、かな」

「楽しい?」

「はい。んーなんというか、がっちり固めなくても霍乱しているのも…会長は誰にも見つかっていないって公開的な掲示になるじゃないですか。ま、会長からしたらありがた迷惑なんでしょうが」

 昔の事件からこうした隠蔽を取られているのは先に聞いていたが、実際聞くと現金ながら親衛隊の見方が変わった。複数に暴行された故、自殺未遂に至っては隠していた方が良策と踏んだのだろう。現生徒会長の意見はまるで無視されたものであるが、それが何となく押し進んで会長探しに回っている理由でもあった。

「じゃあ、もう一回生徒会室に顔出してから帰ります」

「その、今週の映画の話だけど…無理しないでいいんだよ」

「へ?だって先輩と行きたいですし」

 さらりと告げた言葉に赤くなったり白くなったり急に忙しくなった先輩は何者にも帰られないくらいに千裕を癒してくれた。

※※※

「いよー!新入り!今日も外れだ」

 簡素な生徒会室の上座に腰掛けた男は入学式で壇上に昇っていた人物だ。影武者というが正確な役職は庶務だ。本人は影武者が楽しいらしく、寧ろ堂々と名乗っている。生徒会と影武者は当然ながら現生徒会長の顔を知っているが彼らは彼らで楽しんでいるらしく、良い様に遊ばれている。

「…ヒント下さい。会長はいつ業務しているんですか」

 昼も放課後も顔を出してみるものの、庶務と他の生徒会役員しかいない。

「お前やたらとこっちに顔出すけど、メールやらそういう電子媒介を考えなかったのか」

「あ、そうだ!ITルーム!」

 ぐったりと項垂れていた身体が水を得た魚の様に走り出す。苦笑する生徒会役員はノックもせずに入ってきた人物に視線をやる。

「あそこまで熱烈なら考えてやってもいいんじゃねえの」

「そうはいかないよ、しきたりだから。あ、これ頼まれた資料ね」

 USBを庶務に差し出した手は浅黒でクッキーを焼いた甘い匂いがした。雰囲気ががらりと変わり、何か考えの読めない笑みは相変わらず底冷えた心地にさせる。

「惚れたものは美味しく、自分好みに整えないと楽しくないし」

「うわっ、出たよ。調教発言」

「だって見つかったら抱かれなきゃいけないなんてイカれたしきたりなんだし、こっちも選びたいだろ」

「そもそも見つかるなんてお前がヘマをするとは思えないがな」

 庶務のげんなりした言葉に先輩こと現生徒会長は艶然と笑うだけだった。









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