胸の痛み3 村の中で唯一好きだった場所と親友を失った。 自分でその場所とその関係を壊してしまったから。 徹にキスをしたあの日、呆然とする徹に 「ごめん。もうここには来ないから。…さよなら。」 それだけ告げて武藤家を出た。 あれから10日。徹には会ってない。 朝のバスも1本早いのにかえた。 帰りは図書室で勉強して遅い時間に帰るようにした。 徹からも何の連絡もなかった。 以前は村から出て行く事だけを考えていた。 でも、徹ちゃんに出会ってからはいつの間にか俺の心の中は徹ちゃんでいっぱいになっていた。 徹ちゃんの側にいる事が出来るなら、この村にいても良いかも知れないと思うぐらいに。 徹ちゃんでいっぱいだった心は、今はもう空っぽになってしまった。 あんなに苦しかったのに、空っぽになってしまった胸は今はもう何の痛みも感じない。 痛みどころか何も感じなくなっていた。 心が本当に壊れてしまったかのように。 一昨日、学校の教室に葵が来た。 内容は最近遊びに来ないがどうしたのかと云うものだった。 「兄とケンカしたのか?」と聞かれたので、そう云うわけでは無い勉強が忙しいのだと適当にはぐらかした。 まだ何か言いたそうにしていたが、俺がそれ以上何も云うつもりが無いのだと見てとると、あきらめたように帰っていった。 昨日は保が来た。 内容は葵と一緒だった。 勉強が忙しいと言うと保は納得したようだった。 保はそのあとも色々話していたが何を話していたのかあまり覚えてない。 その時この間の日曜日に徹がついに看護婦さんとデートしたのだと聞いた。 それでもやっぱり、俺の心はもう何も感じなかった。 今日は昼休みも図書室に来ていた。 ここには武藤家の人間は誰も来ないし、それに皆本に夢中で誰も俺に干渉してくる者はいないから。 一番奥の窓側の席に座った。ここは入り口からは死角になっていてあまり目立たない。 持ってきた参考書とノートを机に置いて窓からなんとなく空を見上げた。 青い空に白い雲が流れて行くのが見える。 そう言えば空を見上げたのなんて何日ぶりだろう? 空と緑しかないような村に住んでいるのにおかしな話だ。 自分は最近いったい何を見ていたのだろう? あまり覚えていない。 視線を下におろせば昼休みを思い思いに過ごす生徒達の姿が見えた。 その中に徹の姿があった。 10日ぶりに見た徹は以前と何も変わらない。 友人に囲まれ楽しそうに話している。 この間まで自分もあんな風に徹の隣にいたのだと思うとなんだか不思議に感じた。 まるで音の出ないテレビを見ているようだと思った。 手を伸ばせば届きそうなのに、見えない壁が邪魔をする。 今瞳に映っている徹ちゃんは画面の向こう側にいて手が届かない。 もう俺には徹ちゃんのそばに行く資格がないから。 もしかしたら徹と過ごした日々は夢だったのかもしれない、そんな気さえしてくる。 あれ? 頬が冷たい。 ……涙? 胸は痛む事をやめてしまったのに、どうして涙が出るのだろう? 夏野の瞳からはいつの間にか涙が出ていた。 心は何も感じなくなってしまったのに自分はどうして泣いているのだろう? 徹に別れを告げたあの日でさえ涙など出なかったのに、なぜ今涙が出るのだろう。 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。 早く涙を拭いて教室に戻らなくては。 立ち上がろうと思うのに何故か体に力が入らない。 なんだか頭がボーっとする。 瞼が重い。 そう云えば昨日は何時に寝たっけ? ――覚えていない。 一昨日もその前も遅くまで勉強していたような気がする。 寝たような気もするし寝ていないような気もする。 急激に目の前が暗くなる。 朦朧とする意識にあらがう事ができず、夏野はそのまま意識を手放した。 ----------- もう少しだけ続きます(>△<) |