一枚の写真-徹side-



父親がカメラの好きな人で、自分も小さな頃から父のお下がりのカメラを持って二人で写真を撮りに出かけた。
中学生の時にアマチュアの写真コンクールに応募して何度か賞を取った事もあった。
その影響もあって高校に入ってすぐに写真部に入部した。

1年の夏休み。
写真部の合宿で山奥にあるお寺でお世話になる事になった。なんでも顧問の先生の実家なのだそうだ。
お寺までは顧問と副顧問の運転するマイクロバスで向かう。
10名程の部員を乗せバスが走り出した。
片道5時間のバスの旅は、目的地まで後30分程と言う所でバスのスピードが少しずつおち、ついには動かなくなってしまった。

「すまない、どうやらエンジントラブルらしくて、修理の人が来るのに2時間ほどかかるらしいんだ。仕方が無いのでそれまでこの辺りで写真を撮っていてくれないか。くれぐれも危険な場所へ行ったり、あまり遠くまで行かないようにな。」

「「はーい。」」

顧問の言葉に皆一様に返事をすると、各自自分のカメラを持って散り始めた。
自分も鞄からカメラを取り出して被写体を求めて歩き始めた。

途中で見かけたバス停には『外場』と書かれていた。
その名前に何か引っかかるものを感じる。
何か大切な事を忘れているような、そんな気がする。
一度もシャッターを切ることも無く、ただ何かに導かれるようにまっすぐに歩き続けた。
村と言っても今は誰も住んではいないのだろうか?人の気配がまるで無い。あるのは焼け崩れた家ばかりだった。
そんな家を見る度に胸が軋む様に苦しくなり、何故か泣きたくなった。
そして泣きたくなったその理由をこの後すぐに知る事となった。

薬師さんの前まで辿り着いた時、前世の記憶が走馬灯の様に蘇ったのだ。
昔自分がこの村に住んでいた事。
自分が武藤徹であったと言う事。
屍鬼によって殺され、そしてまた自分も屍鬼になってしまった事。
夏野と言う大切な親友がいた事。
その夏野を自らの手で殺してしまったと言う事…。

夏野と出会ってまだ間もない頃にこの薬師さんに二人で来た。
村を案内すると言って嫌がる夏野を連れ出した。
ブツブツ文句を言いながらもついて来る夏野が可愛いと思った。

始めは単純に家の近くに自分と歳の近い少年が引っ越してきた事が嬉しかった。
無愛想で素直じゃない夏野は、少し照れやでとても優しい少年だと言う事が分かった。
たまに見せる笑顔がとても綺麗だった。
次第に夏野も自分に心を開いてくれるようになり、いつしか親友と呼べる間柄になっていた。

そしてある夜、俺は寝ている夏野にキスをした。

それは僅かに触れるだけのキス。
夏野の寝顔を見ているうちに、何かに誘われるように唇を合わせていた。

夏野の事が好きだと言う事にその時気づいた。

この思いを夏野に知られればきっと嫌われてしまう。それが怖くて無理やりその心に蓋をして、自分は律ちゃんの事が好きなのだと思い込もうとした。
そして自分の心を偽ったまま俺は死んでしまった。

屍鬼となった後も、弱い俺は夏野が差し出してくれた手を取る事が出来なかった。
夏野はいつも真っ直ぐに俺を見ていてくれたのに。
出会ったときからずっと。俺が屍鬼になっても目を逸らさずに見ていてくれたのに。
なのに俺は最後まで夏野と向き合う事が出来ずにこの手で夏野を殺してしまったのだ。

大好きだったのに…。


その後夏野は起き上がる前に火葬されてしまったのだと聞いた。
ショックだった。
心のどこかで夏野が起き上がってくれる事を期待している自分がいた。
自分と同じ化け物にしたかった訳ではない。
ただもう一度夏野に会いたかったのだ。
自分で殺しておきながら勝手な話だ。

夏野は何処へ行ってしまったのだろう。
もし本当に天国なんて所があるとすれば、そこにへ行ければいいのにと思った。
きっと俺はもうそんな綺麗な所に行く事は出来ないから、夏野だけでも綺麗な場所へ行ければいいのにと。

山入の小屋で迎えた最後の朝。
薄れゆく意識の中で思った。もし本当に来世と言うものがあるのなら、夏野が幸せでありますように。そして俺も生まれ変わる事が出来るのなら……一目でもいい。もう一度夏野に会いたいと………。



気が付いたら薬師さんの前でカメラを握り締めたまま涙を流していた。
いったいどれぐらいの間ここで泣いていたのだろう。
泣きすぎて頭が少し痛かった。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を洗うために、薬師さんの水に手を浸すと一匹の蜘蛛が水底に見えた。

「お前だけは変わらずここに居るんだな。」

最後の願い通り俺は生まれ変わり、また生を受けた。
そして今、俺が昔の記憶を思い出した事に意味があるのだとすれば、それは……。
夏野も同じように生まれ変わってこの世界のどこかに居るのかもしれない。

見上げた空は何処までも澄んで青かった。
この空の下のどこかに必ず夏野がいる。そんな気がした。


顔を洗った後、薬師さんから少し離れてカメラを握ってシャッターをきった。


マイクロバスに戻ると既に他の部員達は全員戻って来ていた。
バスの修理ももう少しで終わるらしい。
泣き腫らして真っ赤になった俺の目を見て、部員や顧問の先生達は何があったのかと心配したが、目にゴミが入ったのだと言って笑ってごまかした。

動き出したバスの中から、遠ざかる外場村をただじっと眺めていた。
またこの村へ来よう。
夏野との思い出と、たくさんの悲しみが眠るこの村へ。
そして写真を撮ろう。
たくさんの想いをこめて。
お前に伝えたい想いをこめて。

そしていつか俺の写真がお前の眼に着く事があれば、少しでも何か伝わればいいのだけれど。

写真を撮りながらお前を探し続けるよ。

必ず会える。そう思うんだ。
何故だかわからないけれど、いつか夏野に会えるって。

そして今度こそ伝えたいんだ。
謝罪の気持ちとお前の事が好きだと言う事を。

例え受け入れてもらえなくてもそれでいい。

ただ伝えたい。
あの時言えなかったこの想いを。


夏野、お前を愛しているのだと。



小さな村は、バスからあっという間に見えなくなってしまった。
その後、俺は何度も外場村に訪れて写真を撮った。
高校三年の春、一番はじめに撮った薬師さんの写真が街の小さなアトリエに飾られる事になった。


“薬師さんの湧き水「夏の思い出」”


―そして運命の歯車が動き始める―





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急に徹ちゃんsideのお話が書きたくなってですね、またもや無謀にもチャレンジしたわけですが、やはり私にシリアスと言うのは難しいようです。
はい。
でも、一応書き上げたので満足です。
完全に自己満足ではあるがな……。







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