胸の痛み2 どんなに寝不足であろうとも朝は来る。 寝不足で学校を休む訳にもいかず眠い目をこすりながらバス停に向かう。 「なつのー、おはよー。」 自分を呼ぶ元気な声に振り向けば、徹がこちらに向かって走ってくるのが見えた。 「おはよう。ってか名前で呼ぶなって。」 昨日見たのとは違ういつも通りの徹の笑顔に少し寂しさを感じる。 やっぱりあの笑顔は看護婦さんにだけなのかな…。 「夏野、昨日はどうしたんだ?新作のゲーム買ったから一緒にやろうと思ってずっと待ってたんだぞ。」 「だから名前。…昨日はずっと勉強してた。」 「勉強もいいがちゃんと寝ろよ。目の下クマができてるぞ。」 「……。」 あんたの事考えてて寝れなかったんだよとはさすがに言えない。 「んじゃ今日は来いよ、もう夏野の晩飯も用意してもらうように母さんに言っておいたから。」 「なっっ…また勝手に……。わかったよ行けばいいんだろ。」 今日は行くつもりなんて無かったのに、晩御飯頼んできたとかそんな事言われたら行くしかないじゃないか…。 今ばかりは変なとこ律儀な自分を呪いたくなった。 -*- 学校が終わって一旦家に戻って着替えたあと徹の家に向かう。 昨日徹と看護婦さんを見かけた場所まで来たとき、徹の家の前に誰の人影も無いことにほっとした。 玄関でおばさんに挨拶したあと階段を上って徹の部屋に向かう。 部屋では徹がいつものようにテレビの前に座ってゲームをしていた。 「よう夏野、一緒にゲームしよう。」 徹はそういいながら自分の横をバンバンとたたく。 どうやらそこに座れということらしい。 夏野はそれを無視して今や指定席となっている徹のベットに座った。 「いい。雑誌読むから。」 テーブルの上にあった雑誌を一冊手に取り読み始めると徹はゲームをする手を止めこちらに振り向いた。 「うー、夏野つめたいぞー。ぐはっ。」 俺の足にすがりついてこようとするのを蹴って止める。 「はいはい、日本人なんだからそういうのやめろよな。」 徹はそのあと何度かこちらを向いて誘ってきたが、しばらくしてあきらめたらしく、また一人テレビに向かってゲームの続きをやり始めた。 夏野は壁に背中を預けて雑誌を見るふりをしながら徹の背中を見る。 いつも通りのやり取り。 いつも通りの風景。 いつもと違うのはきっと俺の心の中だけ。 頭の中に昨日の光景がちらつく。 徹ちゃんてあの看護婦さんと付き合ったりするのかな。 それとも俺が知らないだけで、もう付き合ったりしてるのだろうか。 考えるのは徹ちゃんと看護婦さんの事ばかり。 ―またチクリと胸が痛くて苦しくなる。 モヤモヤする。 苦しくなる。 ずっとこれの繰り返し。 昨日からいったい何なんだ? いい加減うんざりする。 何でこんな気持ちになるんだ? 訳が分からない。 (違う本当は知ってる。) 昨日からずっと考えてる。 胸が苦しくなる理由。 わからない。 (違う本当はわかってる。) わからない。 (わかってる。) わからない。 (わかりたくない。) わからない! わかりたくない!認めたくないんだ!! ―-そう。認めたくないだけだ。 わかってるんだ本当は。 でも認めたくなかった。 だって、無駄だって知ってるから。 だから気づかないままでいたかった。 叶わないってわかってるから。 この恋は叶わない。 俺は徹ちゃんが好きだ。 気づきたくなかった。 苦しいだけだから。 でももう無理だった。 もう自分の気持ちを誤魔化す事が出来ないくらい好きになっていた。 大好きなんだ。 でもそんなの許されない。 報われない思い。 かなわない恋。 でももう止める事が出来ない。 もうこの思いを無かった事になんかできない。 どうすればいい? どうにもできないこの思い。 なら、いっそ壊してしまえばいい。 俺のこの思いと一緒にこの関係も。 だってこの思いを抱えたまま平気な顔して徹ちゃんのそばになんていられない。 そばにいられないなら、嫌われてしまえばいい。 だから…。 「ねえ、徹ちゃん。」 「ほえ?なんだ。ゲームやる気になったか。」 徹はこちらに振り向くと的外れな事を聞いてくる。 「いや、そうじゃなくてさ。徹ちゃんてさ、…あの看護婦さんの事…好きなの?」 少しの間の後徹が答える。 「……あの看護婦さんて?」 「名前はよく覚えてないけど髪の毛の長い、たまに徹ちゃんの車の練習に付き合ってる人。」 「ああ…、律ちゃんか。」 徹は少し顔を赤くしてポリポリと指で頬をかく。 「うん。…何でわかった?」 照れくさそうに訊ねてくる。 ほら、やっぱり徹はあの人の事が好きだったんだ。 だからあんなにやさしい笑顔を向けていたんだ。 俺には向けられないあの笑顔。 ――胸が痛い。 「わかるよ徹ちゃんを見てれば。」 わかるよずっと見てたから。 ――胸が痛い。 「そっか。俺ってそんなにわかりやすいかな?」 そんな事を言いながら照れくさそうに笑う。 ――胸が痛い。 「つき合ってるの?」 ――胸が痛い。 「ほえ?あっ、いや。それはまだだけど、今度デートに誘ってみようかなと思ってる。」 ――胸が痛い、胸が痛い。 もう限界だ。俺の心なんて壊れてしまえ! 夏野はベットから降りて徹に近づく。 「徹ちゃん、ごめんね。俺の事嫌いになっていいから。」 「え?」 そして俺は徹ちゃんの唇に口付けた。 ―お願い。どうか俺の事を嫌いになって。 -------------------- まだ続きます。 夏野がぐるぐるしてる。 |