卒業 いつもと同じ学校からの帰り道。 いつもと同じ、バスの一番後ろの席に座って、いつもと同じように隣には徹ちゃんが座ってる。 ただ一ついつもと違うのは、徹ちゃんと一緒に帰るのは今日が最後だって言う事。 徹ちゃんは明日学校を卒業する。 「あーあ、高校生活も明日で終わりか。なんか長いようであっという間の3年間だったな。夏野とこうして一緒に帰るのも今日で最後か。」 「そうだね。」 「寂しい?」 「え?」 「俺が卒業したら、夏野は寂しい?」 「………べつに。」 嘘。本当は寂しかった。 こんな風に思うのははじめてで、自分で自分に戸惑っていた。 徹が卒業しても家が近い事にかわりは無いし、会おうと思えばいつでも会える。 なのに、何故こんなに寂しいのだろう。 寂しいくせに素直になれない自分。 「そっか。」 少し寂しそうに笑って答えた徹の顔がギュッと心を締めつけた。 卒業式当日。 夏野は在校生の席でわずかに見える徹の背中をずっと見つめていた。 明日からこの学校には徹ちゃんがいないのかと思うとなんだか不思議な気がした。 いつの間にか一緒に居るのが当たり前だと思っていた。 いつも夏野は昼休みを校舎の屋上で過ごしていた。 何かと声をかけてくる同級生が煩わしくて、あまり人の来ない屋上で過ごす様になったのだ。 それを知った徹も屋上へ来るようになり、二人で過ごす様になった。 あの屋上にも、もう徹が来る事は無い。 寂しい。 自分の卒業式でさえこんな気持ちになった事など無かったのに、何だか少し泣きたくなった。 式が終わった後、3年生は教室で最後のHRがあるらしい。1年生と2年生はその場で解散になった。そのままさっさと帰る者もいれば、3年生が出てくるのを待っているものもいる。 夏野も徹を待とうかと考えたが、人気者の徹の事だ自分が待っていなくても出てきた途端きっとたくさんの人に囲まれるだろう。その輪の中に入る勇気は自分には無くて、帰る為に校門へと歩き始めた。 「なつの〜、ストップストップ!」 自分の名前を騒がしく呼ぶ声に振り向くと、保と葵がこちらに向かって走ってくるのが見えた。 「夏野、お前何処に行くつもりだよ?」 「何処って、式も済んだし帰ろうと思って。あと、名前で呼ぶな。」 「何帰ろうとしてるのよ。ダメよ帰っちゃ。」 そう言いながら保と葵に両腕をしっかり掴まれた。 これでは帰りたくても帰れない。 「兄貴から伝言『帰らずにいつもの場所で待っててくれ』だって。」 「と言う訳だからいつもの場所とやらで待っててあげて。多少時間がかかるかもだけど。」 「何で?」 「ネクタイよ。」 「ネクタイ??」 意味が分からず首を傾げる夏野の様子に、二人とも知らないのかと言いたげな顔でこちらを見ている。 「まあ、夏野はこう言うの興味なさそうだもんな。知らなくても仕方ないか。」 「普通卒業式に卒業生の第二ボタンを貰ったりするでしょ?でもうちの高校はブレザーだから、好きな人とネクタイを交換する訳よ。で、兄貴ったらあれでなかなかモテたりするから、逃げるのに時間がかかるだろうなって。」 「だから多少時間はかかると思うけど、待っててやってくれよ。もしおまえが帰ったりしたら兄貴の奴かなり凹むと思うから。」 「………わかったよ。待ってればいいんだろ。」 ニコニコ笑うお節介な双子に見送られて、夏野はいつも徹と過ごした屋上へと向かった。 屋上には誰もいなくて、いつも座っていた場所まで行くと腰をおろして空を見上げた。 何処までも透き通る様に青い空が広がっていた。 暑い夏の日も、寒い冬の日もここで二人空を見上げたり、たわいもない話をしていた。 寒くても少し寄り添って座る互いの体温があればそれでよかった。 でも明日からはまた一人になる。 しばらくすると扉の開く音が聞こえた。見れば徹が息を切らせながら立っている。 夏野の姿に気づくとすぐにこちらに向かって駆けてきた。 「ごめん、夏野。遅くなって。」 「いいよ。それより大丈夫か?」 「ダメ。大丈夫じゃない。疲れた〜。」 ズルズルと隣に座り込んだ徹を見ると、少し汗をかいていたのでポケットから取り出したハンカチで拭いてやる。 保や葵が言った様に、女子生徒から逃げ回っていたのだろうか?徹の首元を見ると式の時はきっちり締められていたネクタイがなくなって、胸がチクリと痛んだ。 「ネクタイ…誰かと交換したの?」 「ほえっ?ああ、違う違う。誰にも取られないように外してポットに入れてたんだ。ほれ。」 そう言ってブレザーの内ポケットからネクタイを取り出した。 「それでだな。このネクタイと夏野のネクタイを交換して欲しいんだがダメか?」 「えっ?俺のでいいの?」 「うん。当たり前だろ。夏野のがいい。」 差し出されたネクタイを受けとると、夏野も自分のネクタイをはずして徹に渡した。 嬉しそうに受けとる徹を見ていると何だか胸がいっぱいになって思わず目をそらした。 これ以上徹を見ていたら泣いてしまいそうな気がしたから。 「ありがとう夏野。ネクタイ大切にするな。」 「…ああ。」 「なあ、夏野。俺が卒業しちゃって寂しい?」 また昨日と同じ質問。 「…べつに。寂しくなんか…無い。」 やっぱり素直になれなくて意地を張ってしまう。 「じゃあ何でそんなに寂しそうな顔をしてるんだ?」 そっと頬に手を添えられて、徹の方に向かされる。 「寂しい時は寂しいって言っていいんだぞ?」 額に、鼻に、頬に、順番に徹のキスが降ってくる。 「夏野。」 いつの間にか腰にまわされていた手が優しく背中を撫でてくる。 せっかく我慢していたのに。 押し込めていた感情が溢れてくる。 「………さみしい。」 「よくできました。」 とても小さな声で答えたのに、徹は聞き逃さずに慰める様にギュッと抱きしめてくれた。 「俺にしてほしい事ある?」 「キス…して。」 唇を合わせると、閉じた瞳から涙が一筋流れ落ちた。 自分でも気付かないうちに徹の存在がとても大きなものになっていた。 自分の隣に徹がいるのが当たり前になっていた。 徹が卒業して社会人として働き出せば、学生と社会人では時間もかみ合わず二人で過ごす時間も減ってしまうとわかってた。 でも、気づかないフリをしていた。 そしてそんな自分に戸惑った。 「夏野、泣かないで。」 「泣いて…ない。」 徹の唇が流れる涙をぬぐう。 「大丈夫。会える時間は減ってしまうかもしれないけど、夏野が寂しくないように例え1分でも1秒でも毎日夏野に会いに行くよ。大好きだって抱きしめに行く。俺の家にも今まで通り泊りに来ればいい。もし俺が帰ってくる前に夏野が眠ってしまったら、寝ている夏野にキスをするから。」 「徹ちゃん。」 「これから先もずっと夏野と一緒にいられるように、俺頑張るから。」 「なんか、それじゃあプロポーズみたいだよ。」 「あれ?俺はそのつもりだったけど。夏野は嫌か?」 「………ばか。」 照れくさくなって、夏野は徹の胸にギュッと抱きついた。 知らないうちに徹は一歩前を歩きはじめていた。 ずるい。これが二つの歳の差なのだろうか。 「夏野、返事は?」 「…もちろんOKに決まってるだろ。」 徹が自分と共にある為に努力すると言うなら、自分もまた今できる事をしよう。これからもずっと大好きな徹と共にある為に。 おまけ 「ねえ、徹ちゃん。徹ちゃんのブレザーもちょうだい。」 「ん?いいぞ。ほら。」 徹は自分のブレザーを脱ぐと夏野にふわりと掛けてやった。 「でも俺のブレザーなんてどうするんだ?夏野には少し大きいだろ?」 「むっ。俺だって後2年もしたら徹ちゃんより大きくなってやるんだからな。それにこのブレザーは…寂しくなった時にだけ着るからいいんだよ。」 最後の方は消え入りそうなほど小さな声だったけど、徹の耳にはしっかり届いた。 顔を真っ赤に染めながら視線を逸らす可愛い恋人。 「もー、夏野可愛過ぎるぞ!」 「うわぁっ!」 力いっぱい抱きしめてやれば、離せと言いながらバタバタ暴れているけれど、離してなんかやらない。 お前がそのブレザーを着なくてもすむ様に大好きな気持ちを毎日たくさん届に行くよ。 ------------ 徹ちゃんの卒業式でした〜。 超あまあまでお届けしました(笑) うちの徹ちゃんと夏野さんのラブ度が日々増しています!(笑) 本当はおまけで書いたブレザーのくだりが書きたくて卒業式の話を書きはじめたのに、気づいたら話の流れ上本編に入れられなくなってました……。 でもどうしても書きたかったから、おまけで書いてしまいました。 中途半端なおまけがついてるのはそのせいです。 さて、4月は時を少し戻して夏野の入学式の話を書きたいなと思います。 |