一枚の写真


何気なく入った小さなアトリエ。
そこで俺は1枚の写真に出会った。


街角にある小さなアトリエ。
そのアトリエで写真展が開かれていた。
自分は写真などには特に興味も無いし、写真展などに今まで入った事も無かった。
でもその日はどうしてもその写真展が気になって、気がつけばアトリエの中へと足を踏み込んでいた。
アトリエの中には客が2人と入り口のすぐ近くの受付に男性が一人座っていた。
受付の男性は歳は見たところ40代ぐらいで、自分に気づくとにっこりと笑って一言「ゆっくりと見ていって下さい。」と告げた。
軽く会釈をしてから奥へと進む。
風景写真や人物写真など様々な写真が飾られている。
ゆっくりと歩を進めながら一枚一枚眺めて行く。
どれも綺麗だとは思うが、それ以上のものは感じない。
もう帰ろうかと思ったその時、奥に飾ってあった一枚の写真が視界に飛び込んできた。
吸い寄せられるようにその写真の前に立つ。
それは何気ない田舎の水場の写真。
別段変った所など何もない写真なのに、何故か自分の心を捕らえて離さない。
写真の下には“薬師さんの湧き水「夏の思い出」”と書いてあり、この写真だけ撮影者の名前が書かれていなかった。
足に根が生えた様にその写真の前から動く事ができずに、ただじっとその写真を眺めていた。


「その写真が気に入りましたか?」

声のする方を振り向くと、受付に居た男性が横に立っていた。気がつくと外は夕日で赤く染まり、どうやら自分はかなり長い時間この写真を眺めていたらしい。
男性はにっこり笑うと、そっとハンカチを差し出してきた。
訳がわからずじっとそのハンカチを見つめていると、男性が「涙が」と一言告げた。
その言葉に自分の頬に手を当てると濡れていて、そこで初めて自分が泣いていた事に気がついた。

「すっすみません。大丈夫です。」

慌てて自分の袖で涙を拭う。
男性は苦笑いしながらハンカチをポケットへとしまった。

「君は高校生かな?」

「はい。高校1年生です。」

「そうですか。その写真が気に入りましたか?」

男性は改めて同じ質問をしてきた。

「気に入ったと言うか。…なんだか気になるんです。」

「気になる?」

「はい。この写真を見ていると、何故か懐かしいような、悲しいような気持ちになるんです。でも優しさも伝わってくるような………。」

「…そうですか。」

男性はそう呟くと、写真の方を向き暫し二人でまた写真を眺める。

「この写真だけどうして撮影者の名前がないのですか?」

「それは、この写真を撮った人には名前が無いからですよ。」

「名前が無い?!」

その答えに驚いて男性の方を見ると、男性は写真を見つめたまま語り始めた。

「ええ、この写真を撮った青年が『自分には名前が無いのだ。』とそう言っていたのです。何でもずっと昔に、とても大切な人に酷いことをしてしまったのだそうです。神様とその人に許してもらえた時に、自分は自分に戻るのだと。だからそれまで自分には名前は無いのだとね。」

男性は写真から視線をはずし、自分の方を見た。

「私には何の事だかわかりませんでしたが、いつか彼が許されて、本当の彼に戻れる日がくる事を祈っています。」

「…そうですね。この人は今どうしてるんですか?」

「彼かい?彼はね実は写真家と言っても、まだ高校生なんだ。」

「高校生!?」

「平日は学校とバイト。休みの日は写真を撮るのに日本中を旅しているって言ってたからね。学校も知らないし、今どこに居るかはわからないな。」

「そうですか。」

もう一度写真に視線を戻す。名前の無い若い写真家に何故か無性に会ってみたいと思った。

「彼の居場所は分からないけど、この写真の場所なら分かるよ。」

「えっ!本当ですか?」

「ああ、山奥にある小さな村で外場村と言うのだけどね、村と言っても今はもう誰も住んでいない忘れられた村さ。」

「誰も住んでいない村?」

「多分君が生まれる前の話だよ。この村でたくさんの人が亡くなったんだ。大きな火事があってね。原因は未だによく分からないらしいのだけど。今では瓦礫があるだけの寂しい所らしいよ。」

「外場村…。」

初めて聞いたはずなのに、懐かしく感じるのはなぜだろう。
心に悲しく響くのは何故だろう。
俺は何かを知っているのだろうか?
この村の事を、この写真の場所の事を、この名の無い写真家の事を。

行きたいこの場所に。
行かなければいけない。
この人に会わなければいけない。
そんな気がした。

男性に別れを告げアトリエの外に出ると、外はすっかり日が沈み辺りは薄闇に包まれていた。




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続きます。
一応、アニメの最終回その後って設定です。
俺が誰で、彼が誰なのかあえてはっきり書いていません。
だいたいわかると思いますが。
最後にははっきりします。


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