とーるちゃん3



眠い、だるい、疲れた。

昨日は久々に徹ちゃんの家に泊まったのに、全然眠れなかったなんて……なんか軽く凹む。
とりあえず帰ったらすぐに寝よう。
もう眠くて仕方がない。


「ただいま。」

家のドアを開けると奥の部屋から梓がひょっこり顔を出した。

「あら、お帰りなさい。徹君が来てるわよ。夏野の部屋で待ってもらってるから。」

「…えっ?」

徹ちゃんが来てる?
珍しいな徹ちゃんが家に来るなんて。どうしたんだろう?
徹ちゃんが来てるのはうれしいけど、でも今はとりあえず早くとーるちゃんを抱いて眠りたいのだけど………。とそこまで考えて気づく。今自分の部屋には“とーるちゃん”が出しっぱなしになっていいると言う事に。まずい!夏野は慌てて自分の部屋に駆け込んだ。
だが、時すでに遅し。部屋のドアを開けると、そこにはぬいぐるみを抱えてベットに座っている徹ちゃんがいた。

「おかえり、夏野。どうした?そんなに慌てて。」


徹ちゃんが“とーるちゃん”を抱えている……。
その光景を見たとたん、それまで考えていた事が全て消し飛んでしまった。
それぐらいの衝撃。
徹ちゃんがとーるちゃんを抱いている。それはどう見ても…。


「タヌキの親子………。」


「ほえ?」

徹は訳がわからず、きょとんとした顔で夏野を見ている。
その表情がなんとも“とーるちゃん”にそっくりで、ほほえましくて、可愛くて、可笑しくて、笑える。
ダメだ、笑いがこみ上げてきた。

「…ぷっ。…くっくっくっ。」

「な、夏野??」

笑ってはいけない。笑ってはいけないと思うのだけど止まらない。

「ふっふふふ、……あははははははは。」

夏野はついにその場にしゃがんで腹を抱えて笑いだしてしまった。

「な…夏野…さん…?」

徹はめったに見る事の出来ない大笑いする夏野を前に、ただただビックリするばかりだった。

どれぐらい経っただろう?
一生分笑ったんじゃないかと言うぐらい笑った気がする。
笑い過ぎて腹が痛い。
ダメだ、気を抜くとまた笑いそうだ。

「えーっと。夏野、もういいか?」

ようやく笑い終えた夏野に、徹が遠慮がちに声をかけてくる。

「うん、ごめん。ちょっと待って。」

夏野は徹に背を向けてゆっくりと深呼吸をした。

「お待たせ。……ぶっ。」

夏野が振り向くと、徹はまだとーるちゃんを持ったままベットに座っていた。その姿を見てまた笑いがこみ上げそうになる。

「……夏野、人を見て笑うなんてちょっと失礼だぞ。」

徹がちょっと拗ねた顔をして言う。

「ごめん、だって徹ちゃんがとーるちゃんにそっくりだったから。なんか可笑しくて。」

「とーるちゃん?」

「あ………。」

なんか今とんでも無いことを口走ってしまったような気がする。しまった。と思っても後の祭りである。一度言ってしまった言葉はもう元には戻らない。

「とーるちゃんってもしかしてこのぬいぐるみの事か?」

徹はそう言ってぬいぐるみを指差して聞いてくる。
ああー俺の馬鹿!徹ちゃん&とーるちゃんのツーショットがあまりにも可愛くて、つい気を抜いてしまった。誤魔化すどころか、墓穴掘ってるし…。
落ち着け俺。まだ誤魔化せるかもしれない諦めるな。

「ちっ違うよ。あまりにも似てたからついそう言ってしまったんで、別に俺がそのぬいぐるみにとーるちゃんて名前付けた訳じゃなくって…その。」

しどろもどろになっている夏野とは対照的に、徹のだんだん顔は段々と緩んでいく。

「そうか、夏野はこのぬいぐるみに“とーる”って名前付けてくれてるんだ。」

徹はたれた目を一層さげて嬉しそうに笑っている。

「だから違うって言ってるだろ!」

力いっぱい否定してみても、顔を真っ赤にしていては全然説得力が無い。

「もう夏野、可愛すぎるぞー!!」

「うっうわぁ!」

徹はベットに座ったまま、夏野の腕をガシリと掴んで引っ張って、思いっきり抱きしめた。

「馬鹿!離せって。人の話聞けよ!違うからな、絶対違うから!」

「うんうん。わかった。夏野がかわいーのはよくわかった。」

「全然わかってないし!」

徹の腕から逃れようと暴れるがびくともしない。

「ところで夏野よ。もしかして最近よく眠れる理由って、このぬいぐるみのせい?」

いつもほえほえボケボケしてるくせに、何でこんな時ばっかりこの男は勘がいいんだ!しかも酷く嬉しそうに笑いながら核心を突いてくる所がむかつく。むかつく。むかつく!
こうなったらもう自棄だ。

「そうだよ、悪い?徹ちゃんと寝るより、とーるちゃんと眠った方がよく眠れるんだ。」

嘘だけど。でも絶対に徹ちゃんと一緒の方がいいなんて言ってやらない。

「徹ちゃんと違ってフワフワで触り心地が良くて、かわいいからね。」

「むっ。夏野よ、それは聞き捨てならんな。」

徹はそう言うと抱いていた夏野をベットに押し倒した。

「わあっ!」

「よし。とーるちゃんとやら、俺と勝負だ。」

「は?ちょっと勝負って何?」

徹はとーるちゃんを掴むと、夏野に抱かせて自分は夏野を背中から抱きしめた。

「んじゃ夏野、起きたら俺とそのぬいぐるみとどっちの方が良かったか教えろよ。」

「はあ?ちょっと意味わかんないんだけど。どのへんが勝負な訳?」

「ん?だから、俺とぬいぐるみどっちの方がいいか。一緒に寝ればわかるだろ?」

「ちょっと、何ぬいぐるみに張り合ってんだよ。いいから離せって。」

「いやいや、ここはハッキリさせておかないと。俺のプライドにかかわる。んじゃお休み。」

徹は夏野をギュッと抱きしめたまま目を閉じてしまった。
なんだかおかしな事になってしまった。徹ちゃんに抱きしめられて、そして俺の腕の中にはとーるちゃん。2人と1匹が抱き合ってお昼寝って……。
でも待てよ、よく考えてみるとこれはかなり幸せな状態かもしれない。
背中から徹ちゃんの温もりに包まれて、腕の中のとーるちゃんは相変わらずフワフワ気持ちいい。自分の大好きなものに囲まれて眠れるのだから。
疲れた体から段々力が抜けていく。
そう言えば俺寝不足だったんだなどと考えているうちに、なんだかもう色々どうでもよくなってきた。

眠いし……まあいいか。


おやすみ。

そして夏野は今まで出一番幸せな眠りに落ちていくのでありました。






おまけ
1時間半後。

「徹ちゃん、起きて。そろそろ夕飯の時間だよ。」

「ん?ん〜。それじゃあそろそろ帰らないとな〜。」

「いい加減に離してくれる?」

「ああ、悪い。それで夏野よ、俺とそのぬいぐるみどっちの方がいい?」

「………よくわからなかったから、今日は泊っていけば。」

「なつの〜。お前って本当に可愛いな〜。了解。今日は一緒に寝ような〜。」




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徹ちゃん無しでは寝られなくなってしまったら、徹ちゃんに責任取ってもらうといいと思うよ。
もう嫁にいってしまえ〜。
次回は徹ちゃんVSとーるちゃんの熾烈な戦いが!(嘘です。)




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