君が足りない7



敦貴の家は、彼の学校の最寄り駅から3駅程離れた駅前にあった。
所謂高層マンションと言うヤツで、敦貴の家は58階建ての55階なのだとか。
もしかしてそれってすごいんじゃねえ?っと思いながら、エレベーターをおりて辿り着いた扉の向こうには、テレビドラマで見る様なスタイリッシュでモダンな空間が広がっていた。

「さあどうぞ、入って。」

「お、おじゃまします。」

玄関を上がり、廊下を進んで通されたのは広いリビングだった。
街を見渡す事の出来る窓からは、赤く染まり始めた空が広がっていた。

「そこのソファーに適当に座ってて、今飲み物取って来るから。」

「ああ、ありがとう。」

荷物を適当にソファーの横に置くと、グレーの布張りのソファーへと腰をおろした。

「それにしても敦貴って、結構おぼっちゃまだったのな。」

今座っているソファーもだが、部屋に置かれた家具や調度品はシンプルながらも一目で良いものだと分かるものばかりだった。そしてマンションの事などはあまり詳しく知らないが、58階建ての55階と言うのは、結構(値段的に)高いのではないだろうか?以前、上の階になるほど値段が高くなるとか言う話を、パートのおばちゃん達が話しているのを聞いた事がある。

「ん?そうでもないよ。まあ、確かに両親は共働きでそれなりに稼いでいるみたいだけど、特別小遣いをたくさん貰ってるって事もなかったし、今は小遣いも貰わないでバイトして自分の欲しい物は買ってるしね。」

ジュースの缶を2つ持って帰ってきた敦貴から、缶を一つ受け取りながら「そうなのか?」って聞いたら「そうだよ。親は親、俺は俺だよ。まあ、まだまだ学生の身なのでちゃんと養ってもらってはいるんだけどね。」と言われた。その言葉の中に、今は亡き先輩に言われたのと同じ言葉を見つけて、懐かしさと切なさに目を細めながら「そうだな。」と一つ頷いた。
ふと視線を下げた先に持ってきた鞄と紙袋が目に入り、まだお土産を渡していなかった事を思い出した。

「あっ!そうだ。土産渡さねーとな。えっと、こっちがうちの両親から。そんでこっちが完二からな。」

陽介は鞄の中から取り出した箱と、完二から預かった紙袋を敦貴へと手渡した。
そして受け取った敦貴は、先に渡した箱を見ながら、少し驚いたように目をパチパチとさせている。

「ありがとう。ジュネス八十稲羽店限定八十まんじゅう?」

「そうそう、今月から売り始めた新商品なんだ。」

「へー、こんなの出来たんだ。すごいな〜。」

「ジュネスのもんで悪いけどごめんな。」

「そんな、嬉しいよ。食べるのが楽しみだ。小父さんと小母さんにもよろしく言っておいて。」

「うん。分かった。」

パッケージに『八十稲羽まんじゅう』と書いてあるだけで、中身なんてどこにでもある饅頭なのに「後で二人で食べようか?」なんて、本当に嬉しそうに言っている相棒がとても可愛く見えた。

「それとこっちが完二から?」

「うん。本当はゴールデンウィークにお前が帰って来た時に渡すつもりだったらしいんだけど、少しでも早い方がいいだろうからって。」

「へー、なんだろう?開けてみていいい?」

「どうぞ。あと、他のメンバーはお前が向こうに帰って来た時に渡すってさ。女性陣は何やら恐ろしげな計画を立てていたから、一応胃薬は用意しておいた方がいいかもな………。」

「あはは……了解。」

紙袋の口はテープでとめられていて、そのテープを剥がすと二つのリボンのついた袋が入っていた。それを取り出してテーブルの上に並べた敦貴がリボンのところにタグが付いているのを発見した。

「花村先輩へ?」

「は?」

敦貴の言葉に首を傾げながら、彼の手にしている袋のタグを覗き込んで見ると、確かに「花村先輩へ」と書かれていた。そしてもう一つの袋のタグを二人で見てみれば、そちらには「葵先輩へ」と書いてある。

「どうやら一つは陽介の分みたいだね。」

「俺の?なんでまた?てか、それならこっちまで持って来なくても向こうでくれりゃーいいものを……。」

「完二から何も聞いて無かったのか?」

「ぜんぜん。」

とりあえず二人とも、それぞれ自分の名前の書かれた袋を開けてみる事にした。
そしてリボンを解いて、袋の中から現れた物を見た二人は、共に目が点になる程驚いた。
袋の中から現れた物、それは……

「敦貴?」

「陽介?」

二人同時に発せられた互いの名前。袋の中に入っていたそれは、敦貴と陽介の姿を模した完二お手製の人形だった。
陽介の袋には敦貴の人形が、敦貴の袋には陽介の人形が入っていた。

「俺達の人形?」

「完二の手作りみたいだね。相変わらず器用だな〜。陽介の人形、ちゃんとヘッドフォンまで付いてるよ。かわいいな〜。」

敦貴が嬉しそうに陽介の姿をした人形をギュッと抱きしめて「うん、抱き心地も抜群。」なんて言っているのを見て、自分が抱きしめられている訳ではないのにちょっと照れくさくなった。何だか変な感じだ。
陽介も自分が手にしている敦貴人形を見てみる。
大きさはだいたい40センチぐらい。八高の制服を着せられていて、その制服は細部に至るまで丁寧に再現されていた。デフォルメされているとは言え、顔も敦貴に良く似ている。

「あっ、手紙が入ってる。」

敦貴の方の袋には手紙が入っていたようだ。念のため陽介も自分の袋を確認してみたが、手紙は入っていなかった。
そして、折りたたまれていた紙を広げて敦貴がその内容を読み上げた。

「えーっと、『これで少しは寂しくないっしょ?』だって。」

どうやらこの人形は、離れ離れになって寂しいであろうと、完二が気を利かせてくれた結果らしい。

「………は〜。まったく完二のヤツ…。大きなお世話だっつーの。」

口ではそう言いながらも、陽介は人形を見つめながら、優しい後輩の心遣いに頬を緩めた。強面で誤解を受けやすい彼だが、本当はとても心優しい男なのだ。
しばらく丁寧に作られたその人形を眺めていたら、自分の座っているソファーの横が沈んだのでそちらを見てみれば、向かいに座っていたはずの敦貴が、いつの間にか陽介の隣に移動していた。しかも何だかちょっと不機嫌っぽい、どうしてだろう?

「敦貴?」

「……陽介、本物がここにいるんだけど。」

「へ?」

敦貴から発せられた声は、やはりどこか不機嫌で、しかもその述べられた言葉の意味が理解できずに、何の事かと聞き返した。

「俺がいるだろ。」

どうやら敦貴が言う「本物」とは多分敦貴自身の事を言っているらしい。なら、本物で無い敦貴と言えば………この人形?

「今、人形見ながらすごく優しい顔で笑ってた。本人がここにいるんだからさ、俺に笑いかけてよ。俺だけを見て。」

「………もしかして人形にやきもち焼いてるとか?」

「そうだよ。」

躊躇いも無く即答した敦貴に、陽介は思わず吹き出した。
だって、いつもモテモテの敦貴が、自分の人形にやきもちを焼くなんて。おかしくてそして堪らなく可愛い。

「あははは、…で、でもこれ、お前の人形だぜ?」

「む!笑うなよ。いくら俺の人形だとしても、俺の目の前で陽介の心を奪うなんて許さない。」

スッと敦貴の手が陽介の頬に添えられて、敦貴の唇が陽介の唇へと重ねられた。
チュッチュと小さな音をたてながら、啄ばむように何度もキスをされて、それはやがて熱を帯びた深いものへとかわっていった。
キスをしているだけだと言うのに、敦貴との久々の触れ合いはとても甘美で、触れ合う度に身体の温度が上がってゆく。

「んっ……ぁ……は、敦貴…ま、待てって。」

出来ればこのまま流されてしまいたいけれど、まだお風呂にも入っていない事を思い出して、彼の肩を掴んで押し返した。

「待てってば!」

漸く彼を引きはがして乱れた息を整えるが、押し返したその手を強い力で掴まれた。

「待てない。」

はっきりとそう告げられた敦貴の目は、飢えた雄の目をしていてその瞳の鋭さにゾクリと身体が震える。

「でも、風呂にも入ってねーし…。」

「かまわない。俺は今すぐにでもお前が欲しいんだ。こちらに帰って来てから、陽介のいない毎日がとても寂しかった。ずっと触れたかった。抱きしめたかった。今日、校門で陽介を抱きしめた時、あのまま押し倒してしまいたかった。ずっと我慢していたんだ。…陽介は違うのか?」

真剣で、そして少し切ない瞳が陽介を見つめ、心からの告白が陽介の胸を貫いた。
目頭が熱くなり、胸が苦しくなる。

「…違わない…。俺も……ずっと…会いたかった。」

あふれ出した涙が頬を伝い、詰まる声を絞り出しながら言葉を紡ぐ。

「…さみし…かった……っ。」

「陽介……。」

ギュッと抱きしめられて、泣きじゃくる陽介の涙を敦貴の唇が優しく舐め取っていく。

「陽介、大好き。大好きだよ。」

「俺も、敦貴が好きだ。もう…はなれたく…ないっ。」

その後二人は離れていた時間を取り戻すように、何度も互いを求め合った。
途中敦貴の寝室へ移動してからも夢中で抱き合った。
もう、互いに何度達したのかも覚えていない。
そして、二人気を失うように眠りについて、気づいた時には朝になっていた。


ゆっくりと目蓋を開くと、まだ眠っている敦貴の顔があった。
眠っていると、少しあどけなく見える寝顔に目尻を下げながら、音になるかならないかぐらいの小さな声で「おはよう」って囁いたら、ゆっくりと彼の目が開いた。

「おはよう。」

「!…おはよ。もしかして起こしちゃったか?」

「いや、実は陽介より先に起きてた。」

「……寝たふりしてたのかよ?…このたぬきめ。」

いたずらっ子みたいに笑う彼のおでこを指先でツンっと押してやったら、おでこにチュッとキスをされた。
幸せで優しい時間。
ずっとこのまま、この幸せな時間が続けばいいのに。
でも、現実はそうはいかなくて、今日の夕方の電車でまた八十稲羽へと帰らなければいけない。
そしてまた、彼のいない毎日が始まるのだ。
次に会えるのはゴールデンウィーク。
その次は夏休みだろうか?
じゃあその次は?

互いにまだまだ子供で、親の庇護下にある今、離れて暮らさなければいけないという現実は変わらない。
ならば、今すぐは無理だとしても未来はどうだろう?
彼と一緒にいるためにはどうすればいい?
この先彼と共にあるために自分がなすべき事とは…。

「なあ、敦貴。」

「ん?何?」

「俺さ、離れてみてわかったんだ。離れていても確かに心は通じている。でも、やっぱりお前と一緒にいたいって。」

「うん。」

「だからさ、俺、こっちの大学受けることにする。必死に勉強してお前と同じ大学に行く。俺、頑張るから!だから…!」

敦貴と同じ大学へ行く。それは4月に入ってからずっと悩んでいた事だった。
陽介の成績は八高の中で、中の中ぐらい。方や敦貴はと言えば、八高にいた頃はいつもトップだったし、都会の進学校へ帰った今も上位の方にいると聞いている。
そんな彼と同じ大学へ行くことが出来るのかと聞かれれば、今の陽介では奇跡でも起こらない限り100パーセント無理だ。でも、今からでも死ぬ気で頑張って勉強したら出来るかも知れない。少なくとも確率はゼロじゃない。だから。

「だから、敦貴…。」

その後続けようとした言葉は、敦貴の指が陽介の唇に押し当てられた事によって遮られた。

「待って。その後の言葉は俺に言わせて。」

「でも…」

チュッと唇を合わせるだけのキスをされて、陽介はとりあえず頷いた。

「高校を卒業したら、一緒に暮らそう。」

「え?」

「陽介が俺と同じ大学に合格できるように俺も協力する。今日、陽介が帰る前に本屋に寄って参考書を見ようか。ゴールデンウィークも少し時間を作って勉強しよう。夏休みにはまたこっちにおいでよ、一緒にこちらの夏期講習に行こう。」

「敦貴っ。」

「俺もね、ずっと同じ大学にいけたらいいなって思ってたんだ。でも、陽介と一緒にいたいからってそっちの大学に行くと言っても、陽介は納得しないだろ?」

陽介は黙ってコクリと頷いた。
確かに八十稲羽の近くの大学ならば、今の陽介の成績でもどうにかなるかも知れない。でも、それではダメなのだ。自分のために敦貴がレベルを落とすなど、そんな事は絶対に許せない。

「だからね、陽介がそう言い出してくれるのを待ってたんだ。ありがとう陽介。」

いつの間にか陽介の瞳には涙が溢れていた。
昨日も散々泣いたと言うのに、自分の涙腺はどうしてこうも緩いのだろうか。
大粒の涙がポロリと陽介の瞳から流れ落ちる。

「陽介は相変わらず涙腺が緩いな〜。」

あやす様に抱きしめられて、彼の温かい胸の中へと閉じ込められた。

「二人で暮らす場所は俺が探しておくよ。二人で暮らせるように、陽介のおじさんとおばさんの説得だって手伝うから。ね。だから陽介は安心して勉強に専念して、来年の春、俺のところにお嫁においで。」

その言葉に、彼の胸に押し付けていた顔を上げたら、今まで見たどの笑顔よりも優しく笑っている敦貴がいた。

「俺男だぞ。」

「知ってるよ。」

「お嫁はおかしくないか?」

「可愛いからいいと思うよ?」

「そんな事言ったら、敦貴だってかわいいぞ。」

「そうかな?それより返事は?」

「もちろん、OKに決まってるだろ。愛してるぜ相棒。」

今日から二人で、また新しいスタートを切る。
明日からまた、遠く離れて暮らすことになるけれど、きっと大丈夫。
寂しくなったら完二が作ってくれた相棒の人形を抱きしめて、相棒の事を思い出すよ。

今はただ、君と共にある未来の為に。

自分に出来ることをするだけだ。




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やっと完結しました。
お付き合いありがとうございました。
このお話にR18部分を書き下ろして6月に本にして発行します。
アップしてる分ももう一度はじめからチェックしないしてこっそり修正入れると思います。




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