胸の痛み4 「多分寝不足と栄養不足ね。目が覚めたらつれて帰ってあげて。あと、出来れば何か消化のいい物を食べさせてあげて。じゃあ私は職員会議があるから後よろしくね。」 「はい。ありがとうございました。」 誰かの話声が聞こえる。 体がだるい。 俺はどうしたのだろう? 寝ているのか? 誰かが俺の頭を撫でている。 暖かくて、大きくてとてもやさしい手。 安心する。 この手を知っている気がする。 誰の手だっただろう? 父さん? それにしてもなぜ俺は寝ているのだろう……。 確か図書室で勉強しようと思ってそれから……。 そうか、あのまま図書室で倒れたのか。 じゃあここは学校?保健室かな? それじゃあこの手は……誰の手? 重いまぶたを少しずつ開けると、白い天井とベットの脇に誰かが座っているのが見えた。 ぼやけた視界がの焦点が少しずつあう。そこに居たのは…。 「とおる…ちゃん?」 俺はまだ夢を見ているのだろうか。 徹が心配そうな顔をして寝ている俺を覗き込んでいる。 そんなはずは無い。だって自分は徹に嫌われたはずなのだから。 だったら目の前にいる徹ちゃんは…何? ぼんやりとしていた意識が急速に覚醒する。 体を起こし、自分の頭を撫でていた徹の手を払いのけた。 なぜ徹がここにいるのだろう。 じゃあずっと俺の頭を撫でていたのは徹なのだろうか? 何も感じなくなっていたはずの胸がざわつく。 徹が触れていた所から痛みが広がるような気がした。 忘れていた痛みがよみがえるような気が。 「何で、何であんたかがここにいるんだ。」 声が震える。 「夏野?」 「何であんたがここにいるのかって聞いてるんだ。」 出来るだけ平静を装って、震えそうになる声を抑えて聞く。 「―夏野が図書室で倒れたって聞いたから。」 徹は何を言っているのだろう? 俺が倒れたから何だというのだ? 家族でもなんでもないのだから俺の面倒をみる必要など無いだろうに。 「そう、なら俺はもう大丈夫だから帰っていいよ。」 「家まで送るよ。」 徹はそう言って俺の方に手を伸ばしてきた。俺はその手を払いのけ思わず叫んだ。 「触るな!俺に触るな。もう俺に構わないでくれ。」 触れた手から体中に痛みが広がる。忘れたはずの痛みが。 「夏野……。」 徹は払いのけられた手を握り締めながら、傷ついたような目で俺をみる。 どうして?どうして徹ちゃんがそんな目で俺をみるんだよ? 「どうしてここに徹ちゃんがいるんだよ。もう俺の事なんかほっておいてくれよ。俺がこの間何をしたのか覚えてないのか?好きでも無いヤツから、しかも男からキスされて気持ち悪くないのかよ!?」 ヤバイ、胸が苦しい、言葉が止まらない。 こんな事言いたくは無いのに。 「もう、俺の気持ちにだって気づいたはずだろ?!この前看護婦さんとデートしたんだろ?看護婦さんが好きなんだろ?何で俺に構うの?」 今まで心の底に押し込められていた感情があふれ出す。 「それが徹ちゃんの優しさなの?だったら、だったらその優しさは残酷だよ!徹ちゃんの優しさは残酷だ……。」 一言話すごとに血を吐いているようだった。 胸がえぐられるように痛くて、今までで一番苦しい。 瞳から涙があふれ出す。 泣いている顔を見られたくなくて俯いた。 「もう、これ以上俺をみじめにさせないで…。お願い。もう俺に構わないで………。」 -*- 夏野が泣いていた。 俺が傷つけた。 いつも強気でちょっと生意気で頭が良くてまっすぐで、弱みなんか見せた事のない夏野が、今俺の前で小さな子供のように泣いていた。 「ごめん。」 夏野は下を向いたまま動かない。 徹は夏野を脅えさせないようにゆっくり近づいて、そっと手をとった。 抵抗されるかと思ったけど、俺より少し小さな手は俺の手の中にすんなり納まった。 夏野の手はひんやりとして小刻みに震えていた。 「夏野にキスされたあの日、はじめ何が起こったのわからなかった。」 目の前の夏野の様子を見ながら話を続ける。 「しばらくしてキスされたとわかり戸惑った。どうしてキスされたのだろうって。それで考えて考えて思った。もしかしたら夏野は俺の事を好きなんじゃないかって――。」 夏野の体がぴくりと揺れる。 「でも俺は律ちゃんが好きで、お前にどう接すればいいのかわからなかった。そしてお前が俺を避けているのをいい事に俺は……。俺は、お前から逃げたんだ。」 夏野は俯いたまま動かない。 「この前の日曜日に律ちゃんとデートしたんだ。」 「…知ってる。保ちゃんに聞いた。」 夏野が俯いたままかすれるような小さな声で答えた。 「そうか…。やっとの思いでデートに誘って、あんなに楽しみにしていたはずなのに、全然楽しくなかったんだ。」 握り締めた手に力が入る。 「ずっと夏野の事が気になってデートどころじゃなかった。隣に律ちゃんがいるのに夏野の事ばかり考えてた。終いには律ちゃんの事を夏野って呼んで呆れられた。」 今度は逃げない。 今度はちゃんと夏野に向き合って、自分の気持ちを伝えなければ。 「それで俺やっと気づいたんだ。俺が律ちゃんの事を好きだと思っていたのはただの憧れだったんだって。」 今度は間違えない。 「俺が本当に大切で大好きなのは夏野だったんだって。」 「…うそ。」 俯いたままの夏野の体が震える。 「嘘じゃない。俺は夏野が好きだよ。」 「嘘だ、だってだってそんな事あるはずない!徹ちゃんが俺の事好きだなんてそんな都合のいい事が!」 俯いていた夏野が顔を上げ俺の手を払いながら叫ぶようにして訴える。 俺を見上げる夏野の瞳から止まっていた涙が再びあふれだした。 「ごめんな。いっぱい夏野の事を傷つけた。でも嘘じゃないよ。もう許してもらえないかもしれないけど、でも伝えるよ。俺は夏野、お前が大好きだ。たとえお前がもう俺の事を嫌いでも、それでも俺はお前が好きだよ。」 -*- 信じられなかった。 徹ちゃんが俺の事を好きだと言った。 涙が出た。 なぜ泣いているのかもわからなかった。 そんな都合のいい事があるわけないって思った。 だから「嘘だ」って言ったのに、その度に徹が「本当だよ。大好きだ。」って言ってくれた。 涙が出た。 信じられなかった。 ――うれしかった。 本当に信じてもいいのだろうか? こんな夢みたいな話を。 掴んでもいいのだろうか?徹から差しのべられた手を。 「本当に?」 徹がほほ笑む。 ――この笑顔を知ってる。俺には手に入れる事が出来ないと思っていた笑顔だ。 看護婦さんにだけに向けられていた優しい笑顔。 でも、それよりも優しく感じるのは気のせいだろうか? 「本当だよ。夏野が信じるまで何度だって言う。俺は夏野が大好きだって。」 徹の手が夏野の手を取る。 「むしがいいのはわかってる。でも言わせて。夏野、俺と付き合ってくれないか?」 胸が暖かくなる。 「本当に俺でいいの?」 「夏野がいい。」 「でも、俺は男だよ?」 「知ってるよ。でも夏野が好きなんだ。」 「俺も。――俺も徹ちゃんが大好きだ。」 優しい腕に抱きしめられた。暖かい。 徹のぬくもりが胸の痛みを消し去るように夏野の中にしみこんでいく。 見上げれば大好きな徹の笑顔。 手に入れることなど叶わないと思っていた徹の笑顔。 自然と唇が触れあった。 今度のキスは別れのキスじゃなくて始まりのキス。 あんなに痛んでいた胸は、今はもう胸は痛くない。 -------------- つたない文章ですがどうにか完結です。 読んでくださった方ありがとうございました。 小説なんて書いたのこれがはじめてだったんで、心臓ドキドキですよ。 コミックスでは幸せになれないので、せめてこちらでは幸せになってほしくて。 「胸の痛み」はとりあえず終わりですが、タイトルかえて続きを書いてみたいなとは思ってます。 |