欲求不満



 8月下旬の堂島家の2階。
 孝介は自分の部屋で、夏休みの課題を抱えて突然訊ねてきた陽介と共に、その課題をしていた。だが、山盛りの課題を抱えてきた陽介とは違い、ほとんど済ませていた孝介はほどなくして残っていた分も済ませてしまった。
 たまに陽介のわからない所を教えながら読書をしていたが、その本も後数ページで読み終わってしまう。
 新しい本もまだ買っていないし、この後どうしようかと考えながら、必死で課題に取り組んでいる陽介に目をやった。
 エアコンなんて気のきいたものの無いこの部屋は、開けた窓から入って来る自然の風と古い扇風機だけが涼を取る手段だ。
 だが、いくら田舎が都会より涼しいからと言っても残暑厳しいこの季節、暑いものは暑い。
 孝介の身体からじっとりと汗が吹き出してくる。
 そして見つめる先にいる陽介の額からも汗が流れていた。
 流れる汗は、額からこめかみを伝い頬を経て顎へと流れ、顎に溜まった後ポトリと下へと落ちた。そのさまが妙に色っぽい。
 そんな陽介の横顔を見つめながら『陽介って、やっぱり綺麗な顔してるな。』なんて考える。
 陽介はいつも孝介の事をカッコイイだとか美人だとか言うけれど、孝介からしてみれば陽介の方がよっぽど綺麗だと思う。柔らかなハニーブラウンの髪。少したれた目がちなパッチリとした瞳。長い睫毛。スッと通った鼻筋。
 何処からどう見ても美少年と言う言葉がふさわしい彼が、皆からそう認識されないのはガッカリ発言が多いせいなのだろうか?
 それを差し引いたとしても、やっぱり陽介は綺麗だし、カッコいいと思う。
 今はTシャツを着ていて見えない身体も、線が細いから華奢に思われがちだが、しっかりと筋肉がついていて、実は結構逞しい。
 もともとジュネスのバイトで鍛えられていた様だが、テレビの中に入って戦う様になってから一段と引き締まった様だ。
 それと共に男としての色気も増してきたように思うのは、恋人の欲目だろうか?
 陽介を組み敷いた時の恥らいながらも欲情した瞳、その瞳に見つめられただけで喜びに身体が震えてしまう。
『それにしても、さっきからこんな事ばかり考えて、俺って欲求不満?』
 そうかもしれない。
 夏休み中だから、毎日学校に行って会えるわけでも無いし、それどころか陽介はバイトで忙しそうでここしばらく電話で話す事も無かった。
 言うなれば、孝介の只今の状態は「絶賛陽介不足中」である。
 しかもやっと久しぶりに会えた陽介はと言うと、孝介の事など見向きもしないで課題と格闘中だ。かと言って、真面目に勉強してる陽介の邪魔をする訳にもいかないので、言わばお預け状態だ。
 しばらくは大人しく陽介の事を見つめていたのだが、またツーッと陽介の頬に汗が流れた時、孝介はそれに誘われるように陽介に近づいた。
「うひゃっ!」
 陽介が奇声をあげて仰け反った。孝介が陽介の頬をペロリとなめたのだ。
「……しょっぱい」
「そりゃそうだろうよ!汗がしょっぱいのは当たり前だろうがっ!てか、何やってんだよお前は!!」
 陽介は孝介がなめた場所を手で押さえて、顔を真っ赤にしている。
「いや、なんか甘そうな気がしてつい」
「ついじゃねーよ!甘い訳が無いだろうが!それよか汚いからうがいしてきなさい!」
「何で?汚く無いよ。陽介の味がした」
 ニコッと笑ったら、何かを察した様に陽介が素早く後ずさった。でも、逃がしはしない。素早く腕を掴んで、そのまま床へと押し倒す。
「食べていい?」
「いっ、いいわけ無いだろ!汗まみれで汚いし、何よりまだ課題ができて無いし」
 顔を赤くして抵抗する陽介が可愛すぎてたまらない。
「大丈夫。課題は俺が責任を持って手伝うから。汗はどうせかくんだから問題なし」
「は?!問題あるだっむぐっ!」
 まだ何か言おうとしてたけど、キスで強引にその唇をふさいだ。
 課題が終わるまでなんて我慢できない。
 そもそも、陽介が可愛すぎるのがいけない。流れる汗すらキラキラと綺麗で、とても美味しそうに見えたのだ。味見したくなるのは仕方がない。それに、汗でTシャツが体にピタリと張り付いて、誘っているようにしか見えないだろう?
 でもきっとこんな事を言ったら陽介に怒られてしまうな。だから……そう、全てはこの暑さのせいにしておこうか。
 







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