恋心3



昼休み、敦貴は屋上で弁当を食べながら、自分の目の前で同じように敦貴の作った弁当を美味しそうに食べている陽介を見ていた。
彼はいつも自分の作った弁当を「美味しい美味しい」と連呼しながら嬉しそうに食べてくれる。そんな姿を見ているとこちらまで幸せな気持ちになってくるし、作りがいがあるというものだ。
そんな彼に敦貴はずっと片思いをしていた。
そして、なんと実は両想いでしたと分かったのは昨日の事である。
陽介が一年生の女の子に告白されているというショッキングな場面を目撃してしまい、思わず海の底よりも深く凹んでしまった俺は、その後すぐに両想いである事を知ったのである。
嘘の様な本当の話。
朝起きて実は夢でしたなんてオチだったらどうしようと、昨日の夜は眠るのが怖くて実はほとんど寝ていない。
朝、通学路で会った陽介がちょっと照れくさそうに「おはよう。」と挨拶してくれたのを見て、昨日の出来事は夢じゃなかったのだとホッとした。
そんなこんなで『相棒』『親友』『仲間』という関係の他に『恋人』という新たな関係がプラスされた。
ヤバイ、幸せすぎる。
秋風が吹く少し肌寒い屋上で、敦貴の頭の中だけは花が咲き乱れて春真っ盛りだった。
頭のあちこちに花を咲かせながら、改めて昨日の事を思い出した。
想いを告げあった後、陽介にキスをされた。初めて触れ合った唇は、男のものだと言うのにとても柔らかで、少し拙いながらも絡んできた舌は熱く、気持ちの良いものだった。
今まで付き合ったどの女の子のキスよりも、それはそれはとても気持ちが良かった。幸せ過ぎて顔の筋肉が緩みそうになるのをどうにか堪える。
敦貴が一人幸せにひたっていると、俺の視線に気付いた陽介がひょっこりと顔を上げて目があった。

「どったの相棒?俺の顔に何か付いてる?」

「うん。可愛い目と鼻と口が。」

「いや、別にそんなボケいらないから。てか、それは付いてないと困るから。」

「昨日の事を思い出してたんだよ。」

俺の言葉に陽介も昨日の事を思い出したらしく「あ〜。」とか言いながら僅かに頬を赤くさせた。

「そっか、俺達…こ、恋人同士になったんだよな。」

「後悔してる?」って聞いてみたら、即座に「そんな事ある訳ねーだろ!」って否定してくれた。

「ただ、お前ってスゲー人気者だからさ、俺が独り占めしちまっていいのかなって。」

「え?」

「ずっと片思いだって思ってたし。だからお前の事独り占めしたいのずっと我慢してた。でもさ、お前も俺の事……その、す、好きだって思ってくれてたってわかって恋人同士になって。…そしたらさ、もう我慢とか出来そうに無くて困る。」

告白から一晩明けて陽介の可愛さがパワーアップしてるような気がするのは気のせいだろうか?今俺の頭にメギドラオンが直撃した様な感じがする。
頬を赤く染めながら伏せ目がちに、恥ずかしそうにそんな事を語る陽介を今すぐここで押し倒してしまってもきっと誰も責め無いよね?ってか、これは押し倒せって言うフラグですよね?

「陽介、今すぐここで押し倒してもいいか?」

ガシリと陽介の両肩を掴んで真顔でそう言えば、陽介は慌てて敦貴の胸に手を付いて距離を取った。

「はあ?っちょ!ちょっと待て!何でそうなるんだよ!」

「陽介があまりにも可愛らしい事を言うからだ。責任をとれ。」

「いや、責任とか意味わかんねーし!まずは落ち着け!……てかさ…昨日も思ったんだけど、お前の中で俺ってやっぱ下なわけ?」

「下は嫌?」

敦貴的には上でも下でもいいのだけど、ここでどっちでもいいとか答えてしまうと『じゃあ敦貴がずっと下で。』とか言う流れになってしまっては嫌なので、あえてその問いには答えずに問いで返した。

「あ、…いや、その。嫌って事は…無いと思うけど。ただ……。」

「ただ何?」

「やっぱり、ちょっと怖い…。」

(そうか、嫌では無いのか。)

掴んだままだった陽介の両肩から手を離して、優しく包むようにそっと抱き寄せた。

「大丈夫だよ怖がらなくても。優しくするから。それに俺結構うまいと思うよ?」

「……その自信は何処から来るんだよ。」

「経験?って言っても男相手は無いけどね。」

冗談めかしてクスクス笑いながらそう言えば、陽介はちょっと呆れたように「泣かした女は星の数ってか?言ってろ。」と言って敦貴の肩に顎を置いた。

「陽介はさ、やっぱり上の方がいい?」

「そりゃー俺だって男だし。正直上の方がいい。てか、自分が下とか考えてもいなかった。」

「そっか。まあ普通そうだよね。」

元々お互いノーマルなのだから、まさか同姓と付き合うことになるとは夢にも思わなかったし、当然と言えば当然だ。

「まあ、俺だって女の子としか経験ねーし、男相手にうまく出来んのかって言われたら微妙だけどさ。しかも俺はお前と違って女の子との経験もそれほどある訳じゃねーしな。」

さっきの俺の言葉を気にしているのか、少し拗ねた様子なのが可愛らしい。

「もしかして妬いた?」

「べっつにー。」

嘘つき。プイッと顔を背けていかにも妬いてますよって態度だぞそれ。

「そお?でも俺は妬いたよ。」

俺の知らない過去の陽介の事を知っている女の子に妬いたよ。陽介に抱かれた女の子に妬いたよ。出会う前なのだから仕方がないのだけど、やっぱりちょっと悔しい。
まあ別にいいけどね、これから先の陽介の全てを俺がもらうから。誰にもあげないよ。

「………恥ずかしいヤツ。」

そう答えた陽介の頬はほんのり赤かった。

「て言うか、昨日付き合い始めたばっかりなのにさ、いきなり上とか下とかっていう話ってどうよ?」

「自分から言い出したくせに。それにそれを言うなら、告白して数分で俺を押し倒そうとしたのはいったい何処の誰でしたっけ?」

昨日の自分の事を棚に上げてそんな事を言ってくるもんだから、こちらも昨日の事を指摘してやれば、途端に「いや、だってあれは。」とか言いながら、顔を赤くしてしどろもどろになってしまっている。

「昨日はあんなに余裕たっぷりで積極的だったのに、今はそんなに顔を赤くして。初心なのかそうじゃないのか分からないな、陽介は。」

「うっ、うるさい。それを言うなら昨日のお前だって、スッゲー可愛かったじゃねーか。教室の床に蹲ってさ。」

「その事は今すぐ忘れろ。ただちに忘れろ。即行忘れろ。」

言葉と共に素早く手刀を繰り出すがギリギリの所でかわされた。

「ちょっ、おま、危ないだろうが!」

チッと軽く舌打ちをして、まだギャーギャー言っている陽介を無視して少し残っていた弁当を平らげてしまう。

「陽介もさっさと弁当食べてしまわないと昼休み終わってしまうぞ。」

あと5分で予鈴が鳴る事を告げると、陽介も慌てて弁当の残りをかきこみ始めた。途中喉を詰まらせた陽介にお茶を差し出し、背中をさすってやる。

「冗談はさておきさ、心も体も陽介の全部が欲しいんだ。…贅沢かな?陽介が望むなら俺の全てをあげる。だからさ、俺にもちょうだい。陽介の全てを。」

「あつたか…。」

「俺だってずっと我慢してたんだ。両想いだって分かった以上、俺だってもう我慢なんて出来ないよ。」

背中をさすっていた手を止めて、その背にコツンと額を当てた。

「…恥ずかしいヤツ。そんな恥ずかしいことよくサラッと言えるよな。」

「陽介だってさっき同じようなこと言ってただろ。それに本当のことなんだから仕方ない。」

「そういうところが恥ずかしいって言うんだよ。」

陽介の背中からトクントクンと少し早めの心音が伝わってくる。

「……その、全部って言うのはさ、…上も下もどっちもって言うこと?」

「そうそう、俺のバックバージンあげるから陽介のバックバージンもちょうだいって事。」

「だーーー!露骨な事をサラッと言うな!!ここどこだと思ってんだよ!」

「学校の屋上。ちなみに俺達二人きりだから誰も聞いてる人はいないよ。」

何かを言おうとした陽介の声を掻き消すように休み時間終了のチャイムが鳴った。二人慌てて出しっぱなしだった弁当箱をしまってドアへと向かった。
ドアを開いて階段を駆け下りようとした瞬間、後ろにいた陽介に腕を引かれて立ち止まった。

「やるよ。」

「え?」

「…俺も俺の全部やるって言ってんの。もちろんお前の事ももらうからな。」

それだけ言い捨てて先に階段を駆け下りて行ってしまった陽介の背中をぽかんとしたまま見送ってしまった。
頭上のスピーカーから本鈴チャイムが鳴り響く。
だいぶ経ってから教室に現れた敦貴が先生に怒られたのは言うまでもない。





|

BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -