君の背中



たまに不安になるんだ。
いつも誰よりも一番前を走っていくお前の背中を見ていると……。

俺が敦貴にリーダーをやってくれと頼んだあの日から、彼はずっと一番前を進み、他の者には無いペルソナ能力と豊富な知識と冷静な判断で皆をまとめ、完璧なリーダーとして俺達を導いてくれている。
そんな彼の背中をいつも一番近くで見ている俺は、その背中を頼もしく思うと同時にたまにどうしようもなく不安になってしまうのだ。
彼を信じていないとかそういう訳ではない。
ただ、彼に無理をさせ過ぎているのではないだろうかと不安になってしまうのだ。
いくら敦貴が他の者たちよりも色々な面で秀でていると言っても、彼も自分達と同じただの高校2年生の少年なのだ。
なのに彼は一度だって弱音を吐いた事など無かった。
なあ、相棒。
もっと俺達の事頼ってくれてもいいんだぜ。
だって、俺達仲間だろ?
女の子や後輩は頼りにくいって言うならさ、俺がいるだろ。
俺達『相棒』だろ?
だからさ、無理しないで。
一人だけで頑張らないで。


直斗救出の初日。地下3階まで進んだところで一旦休憩を取った。
直斗の事が気になる完二は早く先へ進みたいようだったが、他のメンバーの疲れた様子を見て悔しそうにしながらも大人しく部屋の隅で腰をおろしていた。
このダンジョンのシャドウは思った以上に強く、先へ進むのにもかなり苦労していた。
久保を捕まえて事件解決かと思われた後も、念のためにとテレビの中へ入り一応レベル上げをしていたのだが、それでも少しレベルが足りなかったようだ。
ここは焦らずにレベルを上げながら進んでいくしかないだろう。
リーダーである敦貴も考えは同じようで、直斗の事が気になりながらもメンバーのレベル上げに重点を置いているようだった。
一人そんな事を考えながら、リボンシトロンのプルタブを開けて一口口を付けたところで里中が話しかけてきた。

「ねえ、花村。」

「ん?」

「リーダーの事なんだけどさ、なんかちょっと無理してない?」

「あー、うん。やっぱりお前もそう思う?」

里中の言う通り今日の敦貴はいつもより少し無理をしているように見えた。
それは本当に些細な変化。多分後輩たちは気付いてないだろう。

「何よ、分かってんならさっさとどうにかしてきなさいよ。」

「どうにかと言われてもなー…。」

少し離れた場所でリボンシトロンを飲んでいる敦貴をチラリと見て、どうしたものかとポリポリと頭を掻けば「うじうじしてないでさっさと行ってくる!」と言って里中に背中をバシッと叩かれた。
軽く咽た後、飲みかけのリボンシトロンを全部飲み干し、空き缶を里中に押し付けて敦貴の元へと向かった。

まじめな顔をして現れた陽介に、敦貴が「どうかしたのか?」と不思議そうに首を傾げて聞いてくる。

「いや、あーっと、そのだな。」

里中に促されるまま敦貴の元へ来たものの、特に何も考えていなかった陽介はいざ敦貴の前に立つとしどろもどろになってしまった。

「陽介?」

「えーっと、あー……。」

不思議そうにこちらを見ながらも、じっと俺の言葉を待っていてくれている相棒の顔を見れば、いつも力強く輝いている瞳が今日は少し力なく、疲れているように見えた。
ああ、やっぱり無理してるみたいだ。
最近、もうすぐ練習試合があるとかでバスケ部の練習が忙しかったみたいだし、その上バイトの方でもピンチヒッターを頼まれて、ここ数日休み無しでシフトに入っているみたいだったから。そして今回の直斗の事件だ。
予想以上に強い敵と、完二の気持ちを考えたら無理をせずにはいられなかったのだろう。そう言えば、今日はいつも以上に先陣を切って戦っていたような気がする。それが少しでも他のメンバーに負担を掛けないようにする為だったとしたら……。

「…お前、本当にバカだよ。」

「え?」

陽介は堪らなくなって、思わず目の前にいる自分より2センチほど背の高い相棒の体を力いっぱい抱きしめた。
突然の事に敦貴は抱きしめられたまま硬直している。
見えないながらも、他のメンバーも陽介の行動に驚いて唖然としているのが空気で分かった。

「お前ホントにバカだ。」

敦貴の首元に顔を埋めて呟けば、力の入っていた敦貴の体から力が抜けて、抱きしめる俺の背中をなだめる様にポンポンと叩かれた。

「これでも一応、成績は学年でトップなんだけど。」

「茶化すなよ。…俺達、友達で仲間で親友で相棒で……恋人だろ?……だからさ、一人で無理するなよ。もっと頼れよ。それとも、俺らの事頼りなくて信用できない?」

シンと静まり返った部屋の中で、陽介の声だけが小さく響く。「恋人」の部分だけは小さな声で囁いたから敦貴以外の他のメンバーには聞こえていないはずだ。
陽介の言葉を聞いた敦貴は、陽介の両腕を掴んでグイッと抱きついていた体を引きはがし、真っ直ぐに視線を合わせてきた。

「バカ、そんな訳無いだろ。……自分ではそんなに無理してるつもり無かったんだけど………ごめん。」

仕方がないなって風に笑いながら、素直に謝る相棒の頭をワシワシと撫でてやったら、今度は敦貴が陽介の方に頭を預けるようにしながら抱きついてきた。
周りのメンバーはリーダーの珍しい姿に目を見開いて驚いているようだった。

「一人で全部背負おうとするな。」

「うん。」

「疲れたら疲れたって言え。」

「うん。でもさ、これでも結構皆の事頼ってるつもりなんだけど。特に陽介には。」

「じゃあ足りない。もっと頼れよ。」

「あまり甘やかすと付け上がるぞ。」

「お前はそれぐらいが丁度いい。」

頭を撫でる陽介の手から柔らかなダークグレーの髪がサラサラと流れる。

「うん。……あー、もしかして皆に心配かけてた?」

「気付いたのは俺と里中だけ。あとはたぶん天城も。」

「そっか、女の子にも心配かけるとか俺ってカッコ悪い。」

「いいんじゃね?たまにはそういうのも。」

「陽介のくせに生意気。」

「お前はジャイ○ンかよ!」

「陽介はカッコよ過ぎ。可愛過ぎ。今すぐ押し倒して体中舐めて、後ろに突っ込んでアンアン言わせたい。」

「ちょっ!お前何言ってんの!!」

途中から二人の声が小さくなって、何を言っているのか分からない周りのメンバーは、急に顔を真っ赤にして慌てだした陽介の様子に首を傾げる。

「と言う訳で、心身ともにヘトヘトな俺を癒してよ。陽介とセックスしたら元気でるから。この後家においで。今日は小父さんも菜々子もいないから、たくさん喘いでも大丈夫だよ。」

「どういう訳だよ、何でそうなる?意味わかんねーし!てか、かえって疲れるだろうが!お前疲れてるんじゃなかったのかよ!」

「大丈夫。陽介は別腹です。それに明日はテレビに行くの休みにするから。今は陽介にいっぱい甘えたいんだ。」

そんな事を言われたらもう何も言えなくなってしまう。
敦貴は抱きしめていた体を離すとこちらを見守っていたメンバーを見まわして「皆、心配かけてごめん。今日はここで切り上げてもいいかな?明日一日休みとって体制を整えて、明後日改めてトライしたいと思うのだけど。」と告げた。
もちろん誰一人として異議を唱える者も無く、完二ですら直斗の事が気になりながらも「先輩が倒れたら困りますから。」と頷いてくれた。
そうと決まれば話は早い。皆それぞれに引き上げる準備を始める。

「ほら、リーダーも花村もぐずぐずしてないでさっさと帰るよー。」

カエレールを手にしながらブンブンとこちらに手を振っている里中の元へと慌てて駆け寄ろうとしたら、後ろからガシッと腕を掴まれた。

「ありがとう。」

ぼそりとそう告げた敦貴の表情はちょっと照れくさそうで、自分の腕をつかむその手の上に掴まれたのとは反対側の手を重ね合わせた。

「別に礼を言われる様な事じゃねーよ。だって、当たり前の事だろ?」

敦貴が俺の隣で笑っていてくれるならそれでいい。
彼が自分の辛かった時に隣で支えてくれたように、自分も彼を支えたい。

「ほれ、さっさと帰るぞ。仕方ないから今日はいっぱい甘やかしてやるよ。」

二人で頬笑みを交わした後、皆の元へ駆けだした。





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主人公も陽介に甘えると良いと思います。




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