プロポーズ
静かな部屋にテレビの話し声だけが響く。
夕食を終えた家康と三成は、並んでリビングのソファに座り、ただテレビを見つめていた。
――数年前の今日、二人は数百年ぶりに再会した。長い時を越え、ようやく出会えたかつての想い人に、二人とも喜びを分かち合い抱き合った。それから気持ちを確かめ合い、一緒に暮らし始め、あっという間に時が流れた。
テレビを見ながら、二人とも何を話すでもなく、かといってテレビに夢中になっているわけでもなく、ただぼんやりと、その場で何かのタイミングを探っているようによそよそしい。
ふと、三成が隣の家康に視線をやった。
同じタイミングで、家康も三成の方へ顔を向けた。
二人の視線が一瞬重なった。が、すぐに二人とも顔を逸らす。
「なあ三成……この番組面白いな」
家康が、気まずい空気を変えるように努めて明るく話しかけた。
「…………」
三成は画面を見つめたまま答えない。
「…………」
言葉が続かず、家康も黙り込む。
「……家康」
沈黙を破ったのは三成だった。
「……家康。私と……結婚しないか」
声は震えていた。
三成には珍しく自信無さげな小さな声で、それでもはっきりと言い切った。が、家康は遮るように、
「――だめだ! それではだめなんだ、三成! 」
少し怒ったように口調を強め、勢いよく立ち上がり三成を見下ろす。
「違う……! これじゃだめなんだ……!」
そう言い残し、リビングを後にして、家康は一番奥の寝室へとバタバタと駆けて行ってしまった。
「……家康? なぜだ……? なぜ……何がだめなんだ……? 私たちは、同じ思いを抱いていたのではなかったのか……? 私はまた……裏切られたのか……? 」
三成はひどく傷ついた顔で、家康の出ていった先を見つめていた。
――数百年前。
三成は家康と決別した。崇拝する主君を、友だと信じた家康に殺された。決して許すことのできない裏切りだった。
あの頃も、家康を想いながら、家康が理解できなかった。
けれど今生なら。
戦のない世で、互いに正面から向き合い、想いを確かめ合い、理解し合えたと思っていたのに。
様々な思いが三成の頭を巡った。
やはり家康を信じた自分が馬鹿だったのかと、後悔すらし始めた。
――その時。
うるさい足音とともに、家康がリビングの扉を勢いよく開けて戻ってきた。
「……はぁ、はぁ……ふぅ」
たいした距離ではないはずだが、息を切らしている。
その腕には……大きな、大きな花束。
綺麗な深い紫色の薔薇の花束を、逞しい腕で大事そうに抱えている。
「……三成。これ……な……その……お前に。さっきはすまない。どうしても、今日この日にわしから言いたかったんだ。――三成、わしと、結婚してください」
花束を差し出す家康の瞳には、わずかに涙が浮かんでいた。
「……家康……私は……私はまた! 貴様に裏切られたのだとっ! ……だが……ああ……この気持ちは……そうだな……悪くない」
三成は自分の感情の変化に戸惑いつつも、静かに花束を受け取った。薔薇の花を見つめ、その色に微かに微笑む。
「やっぱり、三成にはこの色が一番似合うな。……紫色の薔薇は、誇りとか尊敬という意味があるんだ。わしはお前を……石田三成という存在を何よりも誇りに思っているよ」
そう言って、家康は花束ごと三成を抱き締めた。
「おい、花が散るぞ……」
文句を言いながらも、三成は薔薇の花々と一緒に、大人しく家康の腕に抱かれていた。
――その瞳に、確かに光るものを浮かべて。
*
*
*
「……おい家康。この薔薇、妙に多いが一体何本あるんだ?」
「ああ、それはな、108本あるんだ」
「108本……? なんだ、その中途半端な数字は」
「薔薇の花束にはな、本数に意味があるらしいんだ。108本は結婚して下さい、という意味らしい」
「……そうか」
「本当は999本用意したかったんだけどな……。さすがに出来なかったよ」
「……? また随分と半端だな。それにも意味があるのか?」
家康はこの問いには答えず、ただ、ふふふ、と意味ありげな笑みだけを返した。
「それは、あとで自分で調べてみてくれ」
「……?」
*
*
*
夜も更けて。
家康が小さく寝息を立てている傍で、三成はそっとパソコンを開いた。家康を起こさぬよう、静かにキーボードを叩く。
【薔薇の花束 999本】検索。
『薔薇の花束は贈る本数で意味が変わります。1本だと一目惚れ、2本だと――
――999本は……』
「……っ!」
三成の白い頬が、熱を帯びて赤く染まった。
――999本の薔薇の花束の意味
――何度生まれ変わってもあなたを愛する。
(いつか、必ず贈るからな……三成)
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