彼女の好み


 
「ねえ、あっちも見たい。行ってもいい?」
「……またか? まあ、今日はお前に付き合う約束だからな」
「ありがとう!」

 勢いよく駆けていく伊都を、三成はめんどくさそうに、けれど少し嬉しそうに見つめて後を追う。

 今日は三成が伊都のショッピングに付き合ってやる約束だった。あまり乗り気には見えない三成だが、実際は二人で出かけられるこの日を、約束したその日からずっと楽しみにしていたのだ。

「これ可愛い! 買おうかなー」
「買いすぎじゃないか? さっきだって大量の服を買っていただろう」
 そう言って、自分の両手に下げている袋を持ち上げて見せる。
「えー……だって全部可愛いし。三成が物を持ってなさすぎなんだって」
「私は必要な物だけあればいいんだ」
「私にとってはこれもこれも必要なの!」
 言いながら、次から次に売り物の服を自分に当ててみせる伊都。屁理屈だと思いつつも、そのどれもが伊都に似合っていると思う。決して口には出さないが、自然と口元が綻んでしまうのを悟られないよう、三成は眉間にシワを寄せ難しい顔を作った。こんな風だから、伊都といる時の三成はいつも不機嫌な顔になってしまう。

「……あ、また眉間にシワ入ってる。そんな怒んなくたっていいじゃん」
「怒ってはいない」
「うそだー」
「いつもこの顔だろう」
「……あはは、確かに!」
 素直に肯定する伊都に、やはりそう思われているのか、と自分で言っておきながら三成は大きなショックを受けた。今後はできるだけ改善しようと、内心深く反省もした。
「――あ! ねえ、三成の服も買いにいこう! 私が見立ててあげるから!」
 突然名案を思い付いたように、伊都が声を張り上げた。
「……私の? いや、私はいい」
「なんで? だって三成、いっつも同じようなのしか着てないじゃん」
「これが気に入っているんだ。大切なお方から賜りし物だからな」
「秀吉様と……半兵衛様だっけ?」
「ああ。将来は、私もお二方の下で豊臣社員として働くのだ」
「あーはいはい、わかったからもうその話はいいよ。就職先ほぼ決まったも同然だもんねー。親戚縁者が大企業の経営者って羨ましいわー」
「もちろん、コネなしで入社してみせるけどな!」
 先ほどまでとは打って変わって、きらきらと目を輝かせる三成。この話題になると三成のテンションが急上昇するのはいつものことだ。伊都は適当に相槌を打って受け流した。







「じゃあメンズ売り場に行くよー」
 三成の腕を引っ張って、強引に連れていく。
「あ、おい! 私は了承していないぞ!」
「いいからいいから」







「……うん。これもいいね。あ、これもかっこいい」
 三成はすっかりマネキンと化していた。伊都が目についた服やらアクセサリーやらを、とっかえひっかえ三成に当てる。
 三成にはもう抵抗する気力はなかった。
「――ねえ、さっきから黙ってるけど自分の意見はないわけ?」
「お前が勝手にやっているんだろう。私はそもそも買う気はない」
「えーつまんなーい。あんたさー、顔もスタイルもいいんだから、もっとオシャレに気使った方がいいんじゃない? モテるよきっと」
「…………」
「……お、これいいじゃん! ちょっと試着してきて!」
「……はぁ」
 三成は盛大にため息を吐きながら試着室へ向かった。

 結局、伊都から全身コーディネートされてしまった。着替えた自分を鏡に映してみても、やはり自分ではよくわからなかった。
 外で待っていた伊都に急かされ、三成は仕方なく試着室のカーテンを開けた。
「おお! やっぱり似合うじゃん! さっすが私!」
「……そうか?」
「うん! すっごいかっこいい! やっぱセンスあるな!」
「自画自賛か」
「いいじゃん別に! ……あー、でもごめん。これ完全に私の趣味だわ。……あはは、ちょっと待って、自分でやっておいて照れるんだけど」
 冗談ぽく言って笑う伊都の頬が、少し、ほんの少しだけ、紅く色付いたように見えた。
「……これ、買うか」
「え? 買うの? さっき買う気ないって――」
「気が変わった。自分でも気に入った……と思う」
「あ、そう? ならよかったー」
 ほっとしたように微笑む伊都に背を向けて、三成は足早に試着室のカーテンを閉めた。
 今度は口元の緩みを隠せる気がしなかった。
















「三成……またその服着てるの?」
「悪いか? 気に入ってるんだ」
「ふーん……そんなに気に入ったんだ? じゃあ私に貸し一つね」
「……今度は何に付き合えばいいんだ?」
「んー……あ! 今度の休み、どこか遊びに行こ!」







 その後、三成の服はあの時伊都が選んだものに似たものばかりになったとか。






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