無性に苛々していた。

何もかもが思い通りにいかない。
上手くできない自分にも、認めてくれない周囲にも腹が立つ。

こんなに頑張っているのにどうして――!

周りを睨みつけながらギリギリと歯を鳴らしていると、大嫌いなあいつが目に入った。
意味もなく笑って、どうでもいいことにまで気を遣って、その全部が偽善のくせに「いい人」だと好かれているあいつ。
いつだって人の輪の中心にいるあいつ。
あたしが一番嫌いな種類の人間。

徳川家康。

あたしはあいつが大っ嫌いだ。

あいつの言動全てが気に障る。
常から、できるだけ距離を取って関わらないようにしているんだ。
苛ついている今なんて、特に関わりたくない。
だからその存在に気付いた瞬間、視界から追いやった。

なのに。

「やあ、伊都! こんなところで何してるんだ?」

そんなことはお構いなしに、馴れ馴れしく話しかけてきやがった。
ああもうめんどくさいな、無視だ無視。

「……おーい? どうした? 具合でも悪いのか?」

誰のせいだと思ってんだ馬鹿。
……ちっ。

「……別に」

冷たく、嫌悪の念を込めて吐き捨てた。

「そうか? ならいいんだが……。なにか悩み事でもあるのか?」

なんで会話続けんだよ。
さっさとどっか行けっつの。

「……なにもないけど」
「本当にそうか? そうは見えないぞ?」

……うざい。
これだけそっけなくやってんだから察しろよ。
どんだけ鈍感なんだこいつ。

「なあ、ワシでよければ話くらい聞くぞ?」

家康は、俯くあたしの顔を腰をかがめて覗き込んできた。
心配そうに控えめに輝く瞳が、余計にあたしを苛つかせる。

――ああ駄目、もう本当に限界だ。
これ以上苛つかせるなよ……早くどこか行ってくれ……。

「……おい、本当に大丈夫か? ずっと黙って俯いたままで……具合が悪いなら――」
「ああもう、うるせーな!」

……やってしまった。
必死に抑えていたのに。
しまった、と自分でも思ったが、一度溢れ出たものは止められなかった。

「なに!? 人が無視してんのになんで話しかけてくんの!? ねえ! 本当に何も気付かないわけ!? ……あんた、自分は誰にでも好かれてると思ってんでしょ? 嫌われてるかもしれないなんて、これっぽっちも思ったことないんでしょ!?」

怒りに震える声でまくし立て、きっ、と家康を睨みつける。
家康は突然のことに面食らったように、瞳を見開いていた。

「あんたはいっつもそう! ヘラヘラ笑って舌触りのいい綺麗事ばっかり……! 絆? はっ、ふざけんな! そうやって優しいふりして手を伸ばせば、誰でも自分になびくと思ってんのか! みんなあんたの力になるって? あんた、自分を何様だと思ってんだよ!」

今まで溜め込んでいた思いが堰を切って流れ出る。
口にしてはいけないことだと分かっているのに、どうしても言わずにはいられなかった。
一方の家康は、悪態をつくあたしをただ黙って見続けていた。

「あたしみたいな嫌われ者にも優しくして、株でも上げようってか? 可哀想だとでも思ってんのか? いちいち苛つくんだよ、この偽善者がっ!」

「…………」

「……おい……なんだよ……なんで黙ってんだよ……これだけ一方的に言われて腹立たねーのかよ……っ! あたしはあんたが嫌いだって言ってんだよ! 消えてくれればいいのにってずっと思ってんだよ! 腹立つだろ!? 何か言い返せよ!」

感情が高ぶったせいか泣いてしまいそうだった。
溜まった涙をこぼさぬように、拳を握り、歯を食い縛り、必死に堪えた。
ずっと黙っていた家康は、なぜか苦しそうにやっと口を開いた。

「……言いたいことはそれだけか?」
「……はぁ?」
「他に、ワシに対して思っていることはないか?」
「……なんだよそれ」
「……いや……今まですまなかった、と思ってな」
「は、はぁ!? すまないってなんだよ!? なんで謝るんだよ!? あたしは別にあんたに謝ってほしくなんか――!」
「……ワシはただ……お前との絆も欲しかったんだ、伊都。だがそうか……ずっと苦しめていたんだな……本当にすまなかった」

家康は頭を下げた。
あれだけ罵ったあたしを少しも責めずに、ただ深々と頭を下げ続けた。


「〜〜〜っ!」


たまらなくなって、あたしはその場から逃げ出した。














――本当はわかっていた。
あいつに対するこれは、苛つきとか怒りとかそんなものじゃない。
もちろんそれも多少はあるけど……本当は、ただ羨ましかっただけなんだ。
たくさんの人に好かれて、その中心で笑っているあいつが羨ましくて妬ましくて仕方ないんだ。
あたしがどれだけ頑張っても手に入れられないもの――人望とか信頼とか……絆とかそういうもの――あいつは全部持っているから。



いつからか、周りはそんなあいつを権現と呼んだ。
人々を救うためにこの世に現れた神様。
神、だなんて随分と大層なものだな。

とはいってもあいつも一人の人間だ。
所詮人の子だ。
あたしと同じ、汚い思いだって抱えてるはずなんだ。
なのに……さっきのあれはなんだ?
なんで責めない? 言い返さない? なんで頭まで下げたんだ?




…………。





やっぱり嫌いだ、大嫌いだ。
あんな風に受け入れられたら、もう何も言えないじゃないか。
器の大きさを見せつけられて、それでも小汚く罵れるほど、あたしは馬鹿じゃない。
そんなもの、余計に自分の小ささを露呈するだけだ。
 



ああ、腹が立つ。
何もかも大っ嫌いだ。






あいつも他の奴らも。







――あたし自身も。





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