猟奇あるいは幼稚



 逃げていた。息も絶え絶えに必死に走っていた。
 何者かに後を付けられているような、薄気味悪い感覚が全身に張り付いて寒気がする。だが、振り返っても誰の姿もない。見えぬ恐怖からただ逃れたいと走っても走っても、皮膚が冷たく侵される。
 ひやりと湿ったそれに絡めとられた時、私は小さく呻いて目を開き、冷たいそれの正体を暴いた。

 気味の悪い夢は、天井を仰ぐ私の下の方で小さくうずくまっていた。様子を見ようと頭を少し持ち上げる。安っぽい蛍光灯に照らされ、ぬらぬらと光る乳房の向こうで痩せた男と目が合った。男は何も言わず、ただ口を歪ませてにやりと笑い、私の足を掴んでその指を舐め始めた。親指から小指まで丁寧に1本ずつ口に含んで強く吸う。不思議な感覚は少しずつ快感に近づいていくようだった。
 男の長く冷たい舌が私の足を静かに這い、とうとう付け根まで達する。次に来るであろう強い衝撃を期待したが、男の舌はもう片方の足へと行ってしまった。まるで最後の楽しみだとでもいうように、勿体ぶって私を焦らす。

 又兵衛とのセックスはいつも全身を舐められるところから始まる。耳から首筋、背中にわきに指の一本一本まで丁寧にしゃぶり尽くすのだ。
 はっきり言って初めは困惑した。気持ちが悪かった。けれど、猫が自分の体を綺麗に毛繕いするように、隅々まで気を使って舌を這わせる又兵衛がなぜか愛おしく思えてしまったのだ。又兵衛にとってこの時間は、なにか大切な儀式のようなものなのだろうか。

 ただ、この時間はとてつもなく長かった。
「……ねえ、早くして」
 今日はいつにもまして長く、さすがに苛ついた。
「ちょっとも待てないんですかぁ〜」
 又兵衛は不機嫌な声を出して私を見下ろす。
「……ちっ……しょうがねぇな」
 きつく睨みつけてやると、観念したように吐き捨て、ようやく私の足をぐいと開いた。中に指を入れ、何度もピストンする。ぐちゃぐちゃと掻き回され、お腹の奥の方が僅かに痛んだ。その痛みが収まったと思ったら、今度は又兵衛は私の足の間に顔を埋め、すっかり濡れた部分をちろちろと舐め始めた。
「…………〜っ!」
 思わず腰が引け、仰け反ってしまう。ぎゅっと目を瞑り、声が出ないように両手で口を塞いだ。必死に我慢しても、息が漏れ出てしまう。
 あまりの衝撃に足先を引くつかせていると、又兵衛は顔を上げ、汚いものでも吐き出すように私の股に唾を吐きかけた。そのまま自分のもので私の中に割り入り、一気に深くまで沈める。塞いだ口から短く声が漏れた。
「……オマエのその顔、好きですよぉ〜……」
 両腕を掴まれ口から引き剥がされる。うっすら目を開けると、目の前に又兵衛の顔があった。荒い息遣いで頬を舐められ、なんだかペットの犬に舐められたようなくすぐったさを感じた。ふふ、と場違いな笑いが零れてしまう。
「……なぁに笑ってんだぁ?」
「……なんか犬みたいだなって」
「……ふ〜ん」
 つまらなそうに呟くと、又兵衛は私の両腕を掴んだまま、腰を動かして何度も何度も強く突き上げた。声が出ないよう、唇を強く引き結ぶ。けれど結局抑えきれず、私はもう抵抗するのを諦めた。
「……ん……あっ」
 私の声を聞くと、又兵衛は満足したようににんまりと笑い、さらに動きを速くした。
「犬はっ……こんなことっ……してくれないだろぉ? ……っ!」
 歪んだ笑顔で大きく息を吐きながら得意気に言って見せる又兵衛は、もう限界だとでも言うように私にしっかりと目を合わせてきた。私ももう限界だった。全身のあらゆる感覚が、又兵衛と繋がっている部分に集中する。多分今、すごく気持ちいい。
 私はそのまま、又兵衛を置いて先に達した。
「……あっ」
 痙攣する私を見下し、又兵衛はちっ、と小さく舌打ちをした。
「……オ、オレ様を……置いていくなよぉ!」
 私の腕を離し、子供のように肩に抱きついてきた又兵衛を力の入らない手で弱々しく抱き締めた。軽く頭を撫でてやると、又兵衛は私の耳元でうっ、と吐息混じりに小さく呻いた。
 お腹の奥が熱くなった。

「……ねぇ、それ気持ちいい?」
 隣で横になっている又兵衛は、私の胸に顔を埋め、時折乳房を揉んだり乳首を口に含んだりしている。子供というより赤ん坊みたいだ。
「……ああ……伊都のおっぱい好きなんですよぉ……柔らかくって……いい匂い……」
 又兵衛は眠いのか、虚ろな瞳で私を見上げた。幸せそうな様子が可愛くて、私はそっとその髪を撫でた。目を瞑る又兵衛を見つめながら、私はまだお腹に残る余韻に浸っていた。



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