独占欲



 大阪城に帰った途端、すっかり聞き飽きた怒鳴り声が飛んできた。
「伊都っ! 貴様、また勝手に出歩いていたのか!」
 遠くから聞こえた三成の声は、怒気に満ちていた。わずかに姿も確認できたが、まだ小さい。
 この距離なら逃げられる――そう思ったが甘かった。
 一瞬のまばたき。
 目を開けると、眼前に大一大万大吉の文字があった。三成の甲冑に刻まれたものだ。
 伊都は深いため息を吐き、諦めて渋々顔を上げた。
「――今の今までどこで何をしていた? 弁明の許可をやる! 答えろっ!」
「……別に。どうでもいいじゃん」
 面倒くさそうに目を逸らした伊都の顎先に、三成が刀の柄頭を勢いよく突き付けた。
 三成の速さには慣れているものの、思わず、びくっと飛び跳ねてしまった。
「――びっくりするなぁ! 危ないじゃんか!」
「貴様が私の問いに答えないからだ!」
「だからなんでいちいちあんたに言わなきゃなんないのよ!」
「兵士一人一人の動向を把握するのは、秀吉様より兵を預りし私の責務だ!」
「私は今日非番なの! ちょっと遊びに行くくらい勝手でしょ!」
「……遊びだと? どこへだ」
 三成の眉間に、より一層深い皺が刻まれる。
 これは答えるまで解放してくれなさそうだ。
 押し問答が面倒になった伊都は、開き直って続けた。
「あーはいはい、わかったわよ。言えばいいんでしょ、言えば。――ちょっと四国に行ってたの。元親のところ」
「――長曾我部だと? なぜだ」
「もうすぐ新しいからくりが完成するんだって。だから見せてもらってきた」
「貴様、からくりに興味があったのか」
「いや、別にそういうわけでもないけど。久しぶりに元親に会いたいなーって思っただけ」
「……長曾我部と懇意にしているのか」
 少し苦しげな声を出した三成に、伊都は気づく素振りもない。
「まぁ、気は合うよ。あいついい奴だし。ていうか、今は同盟相手なんだから、別に会いに行っても問題ないでしょ」
「例え同盟国であっても、秀吉様の許可なしに勝手に他国に侵入するな」
「――じゃあ、秀吉様に許可を貰ってくればいいのね」
「そのような許可、秀吉様が下されるはずもない。他国でなくとも、今後城より出る時は必ず私に報告しろ」
「……はぁ? なんであんたに言わなきゃなんないの? なら私はこの先、どこへも自由に行けないってわけ?」
 今回は仕事を抜け出したわけでもなく、誰に迷惑を掛けたわけでもない。
 元親に会いに行ったのも、半分は同盟相手の偵察という理由があってのことだった。――説明するのが面倒で省いてしまったが。
 伊都はとにかく早く三成から逃れるために、冗談でも言ってこの場をはぐらかそうと考えた。三成のいつまでも終わりそうもない説教に、ほとほと嫌気が差していた。

「――あんたは私の保護者か。本当にさ、私のことどんだけ好きなのよ」
「なっ……!」
 だるそうにそれだけ言うと、伊都はわかりやすく動揺を見せる三成を放って静かにその横を通り過ぎた。去り際にまた突っ掛かられたらどうしようかとも思ったが、そんなことはなかった。
 ほっと一息吐いて歩を早める伊都だったが、あの馬鹿のように真面目な三成が、あんなくだらない冗談に驚いていたことは心底意外だった。
 

 伊都が去った後、一人立ち尽くす三成が、驚いた表情のままぽつりと呟いた。
「私が貴様を……伊都を、好いている……だと? ……まさか、そんなはずは――」



[ 1/1 ]




[ 目次 ]
[ 小説トップ ]