死が二人を別つまで


 
 厳かな静寂の中、パイプオルガンの神聖な音色が響き渡る。ステンドグラスから降り注ぐ神々しい陽光が、純白の二人を優しく包み込んでいる。
 たくさんの人々に祝福され、二人は今、神に誓いを立てる――。





『死が二人を別つまで、永遠の愛を誓いますか?』
 











「私、この言葉大っ嫌い」
 伊都が唐突に、しかもひどく不機嫌そうに口を開いた。
「Ah?」
 政宗はテレビから視線を外し、足元にいる伊都を覗き見た。政宗はソファに腰かけ、伊都はそのソファを背もたれに座っている格好だ。
「何が気に入らねぇんだ?」
「全部」
 そう言って、伊都はテレビの中の幸せそうなカップルを睨みつけている。誓いを立てた新婚夫婦は、愛の口づけを交わしているところだった。
「……死が二人を別つまでってさ、それじゃあ、どっちかが死んだらもう終わりってことじゃん」
 伊都は怒ったように呟いた。政宗は伊都の後頭部をじっと見つめたまま、黙って話を聞いている。
「私はそんなの絶対やだ。私は、もしも私が死んだら、一緒に死んでくれる人がいい。死んでもずっと、一緒にいてくれる人がいい」
 膝をぎゅっと抱え込んで、伊都はテレビから目を逸らした。画面の向こうは何もかもが幸福に満ちていて、とても眩しい。誰が見ても何一つ不足のない完璧な幸福。
 だが、伊都はそれが気に入らなかった。たとえそれが作り物で、偽物の幸福だとしても――いや、もしかすると偽物だからこそ余計に――その様子を見続けるのは癇に障った。
「……やっぱりハッピーエンドなんてつまんない。永遠の誓いなんてあるわけないし」
 ため息を吐いて、伊都はリモコンに手を伸ばした。長いエンドロールは暗転し、画面はやけに煌びやかなタイトルへと切り替わった。


「……オレが」
 その時、政宗がずっと閉ざしていた口を開いた。伊都が半身を捻って見上げると、真剣な顔つきの政宗と目が合った。
「……オレが一緒に死んでやるよ」
「え?」
 訝しげな顔をする伊都に、政宗はおかしそうに笑って続けた。
「お前が死んだら、オレも一緒に死んでやるって言ってんだ。死んで一人になるのが嫌なんだろ? だったらオレが、あの世までついていってやるよ」
 いつもの自信満々な笑みを浮かべ、まるで冗談かのように言ってのける。けれど、その瞳は真剣そのものだった。
「……本気で言ってる?」
「ああ、まぁな。けどな、これだけは言っておくぜ」
 政宗は姿勢を正すと、伊都の瞳をしっかりと見据え、一息の間を置いてから口を開いた。
「……お前と一緒に死ぬのは構わねぇ。でもな、オレだってそう簡単に死にたくはねぇ。だから、な? お前も簡単に死ぬんじゃねぇぞ、伊都。……You see?」
 優しく笑う政宗の手が、伊都の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。その掌がとても温かくて、伊都の顔は自然と綻んでいた。
「うん、わかった。あんたも、簡単に死なないでよね」
「……おう。生きるも死ぬも、ずっと一緒だ」
 そっと唇を重ねた二人は、神ではなく互いの心に、強く永遠となるように誓ったのだった。



[ 1/1 ]



[ 目次 ]
[ 小説トップ ]