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Sea is me 


――コボレオチテ、ハガレオチテ、ツメタキウミヘ。

――シズメ、ミナソコ、トモノタメ、オモイトトモニ。

――ナンドデモ、シズメ

――シズメ

――シズメテ

『暁の水平線で、待っています。貴方が、沈むまで。』


脳裏に残る、優しい声。声色とは裏腹に、呪詛のように降り注ぐ言葉。その言葉は、人の身である己を貫く。異形の船は未だ海の底で己を待っている。それはまるで、恋する少女のように。己はその声に応える事が出来ない。私は人間で、彼女達は船だから。提督が率いてきた少女達は、主が居なくなった今何をしているのか、私は知らない。
戦いの途中で沈んだ少女がいた、行動不能なので沈ませた少女もいた、戦闘不能なので沈むのを待った少女もいた、戦いに出せなかった少女もいた、生き残ったのに実験体にさせられ沈んだ少女もいた、後遺症が残りながらも人間として生きていく事を許された少女もいた。
彼女達は付喪神でも何でもない。軍艦が転生した存在、産まれた時から戦いを義務付けられた、少女の形をしたナニカ。彼女達が沈めば沈むほど、敵である深海棲艦が強くなっていくのは身を以て体験している。だが、世界のあらゆる所でこれまたありとあらゆる軍艦が、艦娘が深海棲艦を殲滅した事で暁の水平線に勝利を刻む事が出来た。その、筈だった。
艦娘が沈めば沈むほど、深海棲艦は勢いを増していく。という事は、深海棲艦はこの深い水底でまだ呼吸を繰り返しているのだ。物体は無くとも、思念が其処にある。残された元提督と、元艦娘はその深海棲艦に囚われ続ける。人としての幸せを羨む深海棲艦。いや、沈んだ艦娘達。呪いは何処までも深く、暗く、いつまで経っても抜け出す事が出来ない。両足に力を入れて地上で踏ん張っていないと、水底に沈められてしまいそうになるのだ。『あの戦いで生き残った者達は、海に近寄るな』、そんな言葉が産まれてしまうくらいに、呪いは浸透していた。
私は、彼女達艦娘を率いる提督だった。彼女達に慕われていた私は、呪いが特に酷かった。"見える"人が見れば、とんでもない事になっているのだろう。私は死ぬまで、幸せにはなれないのだろう。私が死ぬ時はきっと、水死体なのだろう。どれだけ境遇が変わろうと、どれだけ環境が変わろうと、呪いは解けない。提督の頃の腕を買われ、神社の子である事を良い事に、歴史修正主義者と戦う審神者にさせられてしまった。きっとこの戦いの結末も、同じなのだろう。美しい庭園を前に、一人嘲り笑った。

――その一瞬が命取り。

突然やってきた引っ張られるような感覚に対応できず、そのまま池にどぼんと落ちてしまった。水の中に落ちたという浮遊感。それも束の間、視界いっぱいに広がる無数の手。長い黒髪の少女達。かつて見たバケモノの形。光る眼、白い肌。抵抗できないのを良い事に、浮かせまいと己の身体を抑え込む。
……嗚呼、随分と早いな。深海棲艦はどうやらせっかちな性分のようだ。そんなこと、分かっていた筈なのに。私の人生も此処までか、残った刀剣たちはどうしよう。付喪神だから、実験体だなんてことにはならないと思うが。
潔く瞼を下ろそう、と思ったのだが。

「――おい、おいっ! なにやってんだよ、あんた!」

有象無象の細っこい力ではない、一本の力強い腕に抱き上げられる。途端に取り戻される重力、水分を含んで冷たく重くなった着物、その着物越しに感じる人間よりも低いあたたかい体温。水底の暗い視界が嘘のように明るい。視界にちらつく桜の花びらを眺めながら、『己はまた生き残るのか』と落胆の溜息が出た。
成人男性である筈の己の身体を軽々と抱き上げ、元居た場所に戻される。廊下にぽたぽたと水滴が落ちるが、私を抱き上げたこの男は気にせず腕に籠められた力を強める。

「重いだろう、御手杵。もう、下ろしていい。」
「や、鞘よりも遥かに軽いから、あんたは。ってか、俺の質問無視するなよ!」
「下ろしなさい。」
「また池に落ちるだろーが!」
「落ちません。」
「そう言って今回で何度目だ! 呆れて声も出ねえよ!」

叫び疲れたのか否か、息が荒い。いや、彼が疲れている理由は叫んだからではない。池に落ちた己を見て全速力で此方に走ってきたのだろう。私も疲れた。寒いし。
彼の腕から逃れる事を止め、肩に頭を乗せる。御手杵は一瞬驚いたように肩を震わせたが、私が苦しくない様に体制を変えた。その事を他人事の様に眺めながら、瞼を下ろす。そうすればすぐに眠気はやって来る。此処は冷たくない、暖かい場所。もう少しだけ此処に居させてほしい。私が死ぬまで、もう少しだけ此処に。暁の水平線で、待っていてくれ――

「……うちの主は渡せねえよ。」

己の主を横抱きにしたまま、水面に向かって睨む三名槍の一本があった。池に写っている己と主の真下に、少女の形をしたような何かが居た。少女達は彼をあの手この手で引き寄せようと、か細い手を幾度も伸ばす。御手杵はそれを避けるように一歩下がった。

「こいつの過去なんて詳しい事は分かんねえけど、生きてる奴を自分達の居る所まで引きずり込もうとするなんてどうかしてるぜ。」

「残した奴の幸せを願う事が、残す奴の役目だろうが」まるで、そう自分に言い聞かせるかのように、御手杵は水面に向かって呟いた。


――静め、鎮めて、どうか暁の水平線で待っていて。提督が愛した艦娘よ。

――でも、俺達の事を忘れないで、主。



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