main

眠れる魔法の王子 


「アーチャー、遠坂の家に開かずの部屋があるでしょう。」

――ああ、君が怒るから、中に入った事は無いがね。

「あそこ、入っていいわよ。」

――と、いうと?

「あの部屋には、私の"双子の弟"がいるの。」

――それは、本当の事か? ならば、"開かずの部屋"と言って遠ざける必要など無いのではないか?

「開かずにしなければならない理由がある、ってアーチャーにも分かってるでしょ?」

――君が言わなければ、真実かどうか分からないがね。

「貴方って本当……いいわ、時間も無いから単刀直入に言うわね。"あの部屋には双子の弟が眠るように死んでいるわ"。」

――! それは、一体……。

「言葉の通りよ。息はしてないし、眠り始めたあの時から見た目も変わらない。何処からどう見たって"死んでるわ"。でも死体は今日まで腐ってないし、未だ熱はそこに残ってる。だから、学校とかには自宅療養をしてるで誤魔化してるの。」

――それはある意味犯罪……いや、言うまい。それにしても聞けば聞くほど、理解不能だな。植物人間というわけでもあるまい。それで、私にどうしろと言うのかね、凛。

「どうもしないわ。ただ、見てくるだけでいいの。」

――ふむ?

「……もしかしたら、ひょっこり起きて来るかもしれないじゃない。」

そう言った彼女の瞳には、何処か狂信的な恐ろしさがあった。『常に余裕をもって優雅たれ』を信条にしている彼女を此処まで狂わせる存在に、私は俄然興味が湧いた。魔術師の家族ですら存在を秘匿すべきと言われてきた我らサーヴァントではあるが、彼ならば問題無いと、他ならぬ魔術師であるマスターが言う。衛宮士郎の時とは大違いだ、とアーチャーは嘲り笑った。
遠坂の家の奥の奥。まるで其処だけ隔離されたかのように孤独な扉は、驚く程容易に開ける事が出来た。どうやら鍵はかけていないらしい。全く、何が"開かずの部屋"なのだか。聞こえもしない挨拶を済ませ歩を進めると、部屋の中央に置かれた大きなベッドの真ん中がまず目に付いた。熱があるかどうかは分からないが、呼吸をしていないという事は見て取れる。そして、彼の傍らには花が添えられていた。恐らく、凛が添えたのだろう。彼女らしい、紅色の大輪が咲き誇っていた。それを視界の隅に置きつつ、辺りを見渡す。部屋の至るところに置かれた美しい調度品は埃を被っており、部屋の主が眠りについてから一年、いやそれ以上の月日が経っている事を裏付けている。掛けられた毛布を少し捲ると、今まで見えなかった主の顔を覗き見る事ができた。その瞬間、私は驚き後退りをしてしまった。

――凛が、いたのだ。

いや正確には遠坂凛ではない。遠坂凛によく似た別人、それは紛れも無く遠坂凛の双子の弟に他ならない。その、双子の弟である遠坂豆腐がいたのだ。双子ならば、歳も彼女と同じはず。だが彼は時を忘れてしまい、幼子の姿のままだ。それはまるで、"彼女"と同じ存在であるかのように。
私のマスターである遠坂凛の双子の弟は、眠る様に死んでいる。何を当たり前の事を、と一笑に付したがなるほど、確かに彼は死んだように眠っているとも、眠るように死んでいるともどちらとも取れる姿で其処に居た。何が彼を生かすのか、何が彼を夢の国へ誘うのか、誰も知らぬまま。

「これではまるで、"眠れる森の姫"のようではないか。」

いや、彼は男なのだから、"姫"ではなく"王子"と言ったところだろうか。彼が本当に眠れる森の王子だとしたら、目覚めるきっかけとなるのはやはり口付けになるのだろうか?
と、そこまで考えて、アーチャーはハッと我に返る。何を考えているのだ、己は。そんな簡単に目覚めるのであれば、誰も苦労しないだろうに。いや、問題はそこではない。誰がそれをするのか、ということだ。恐らく長い間床に臥せて世間から遠ざけられているのであれば、恋人は愚か異性の友人も居ないだろう。残るは身内のみだが、遠坂凛がそれをするとは思わない。いや、問題はそれでもない。そもそも凛のサーヴァントである自分には関係の無い事だ。己が頭を悩ませる必要は無い。
――だが、まあ。

「試してみるのも、悪くは無いだろう。」

これはただの実験。眠るように死んでいる少年が、たかが口付けごときで目を覚ますかどうかの愚かな実験。実体化はしていない(できない)のだから、アーチャーという絵と、遠坂豆腐という絵が重なるだけに過ぎない。吸い寄せられるように顔を近付けると、ほんの一瞬躊躇った。が、それも束の間、戸惑う事無く唇を重ねた。筈、だった。

「――ッ、」

"それ"は荒れ果てた大地に突如降り出した剣のように、アーチャーの身体の中に容赦なく斬りつけてきた。振り払おうにも拭えぬ"それ"に、思わず瞳を固く閉じる。すると、剣だと思っていたモノはどうやら激しい雨であった事に気付く。それに気付いた瞬間雨はぱたりと止み、静寂だけが残った。
何事かと瞼をそろそろと上げる。いつ離れたのだろうか、己は身体を起こしていた。恐らく、先程のアレは遠坂豆腐の魔力そのもので、己はそれを供給したのだろう。死んでいても遠坂の人間、ということになるのだろうか。
再度、遠坂豆腐を見る。遠坂豆腐は、何事も無かったかのように瞼を震わせ、薄目を開いた。アーチャーは驚き、先程と同じように後退りをした。何故、眼を覚ましたのか。何故、先程まで息をしていなかっただろうに。そもそも、あんな児戯以下の行為で目覚めてしまったのか。
狼狽えるアーチャーを当然のように無視し、遠坂豆腐はまず、咳き込んだ。今まで機能していなかった呼吸器官を突然動かしたのだ、旨く使いこなせずに咽てしまうのだろう。何度か呼吸をしようと試行錯誤を繰り返すが、やはり旨く出来ずに咳き込んだ。アーチャーは彼を不憫に思い、遠坂豆腐の背中を擦る。が、アーチャーはおかしな点に気付いた。布を触った感覚がするのだ。人の子の体温も。まさか、今の魔力供給モドキで実体化してしまったのか。そういえばセイバーにやられた傷も完全に治っている。その場から去ろうと思ったが既に遅く、赤い弓兵を見つめる瑠璃色の瞳があった。

――なんでさ。



戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -