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甘党王子の乱入 


自分の指の動きを見つめる八つの瞳。その視線の意味はそれぞれ違うことを俺は知っている。
例えば、所詮は凡愚と半信半疑で眺めていたり。
例えば、身を乗り出さんばかりの勢いで見つめていたり。
例えば、俺の駒の動きを面白半分に見つめていたり。
例えば、有無を言わせない迫力でそれらを眺めていたり。
それらの視線を全て無視し、俺は一心不乱に卓上の駒を動かした。伏兵、強敵、拠点の奪取や兵糧の確保に味方の援護。相手との戦力差や予想外の味方の裏切り、敵の攻城兵器、味方の敗走、策を成す為の戦略的撤退、摩訶不思議な妖術……その他諸々。それら全てを考慮して、自分なりの"もう一つの勝利方法"を産み出す。迫り来る試練に臆する事無く駒を動かし続ければ戦の終結、敵本陣の陥落と相成った。

「……以上が、俺なりの戦い方、です。」

いつの間にやら流れていた額の汗を、手の甲で拭い取る。旨いこと勝利を納める事が出来たものの、所詮は机上の空論。実際の戦でも同様に出来るかどうかなんて分からないのだ。いつだって例外は付き物なのだ。それでも八つの瞳は満足げに頷いた。……約一名、未だ完全には認めてはくれないのだが。それはまあ、いつものことだから、いい。悩みの種であることには変わりがないのだが。
不意に扉が開き、何者だと振り向く。「賈クよ、随分と楽しそうだな。私も加わるとしよう」と言いながら甘い香りと共に広間に入ってきたその人は、俺の(義理の)再従兄弟にあたる、曹丕様であった。なんとなく司馬懿様を見ると、若干顔をしかめているのが見える。

「あっははあ、これは曹丕殿。歓迎するよ。」
「そうか。」

賈ク様は自分の隣にあった椅子に座るよう促すが、曹丕様はそれを拒否して俺の斜め後ろに立った。
背中に感じる威圧感をどうかわそうかと悩んでいるところに、曹丕様が俺の動かした駒達を覗きこむ。その際、互いの身長の関係でどうしても俺の顔の真横に彼の顔が並ぶのだが、それがなんともいただけない。こんな至近距離まで近寄られると、眼を見て話すのが困難になってしまう。彼から醸し出される威圧感と、整った顔立ち、じっと見つめていると貫かれてしまうのではと錯覚してしまいそうになる青い瞳。嫉妬半分、畏怖半分といったところだ。それでもまあ、再従兄弟であることには変わりがないので、全くの赤の他人よりはまだ良い方なのだが。

「ほう、公孫淵が起こした乱か。」
「ええ、私にとってはくだらない戦いですが、『勝てねば凡愚の仲間入り』ですので。」
「その結果が、これか。」
「は、はひ、」

そんな俺の心境を知ってか知らずか、曹丕様は俺の頭に手を置き、やや乱暴に撫でながら司馬懿様と会話を始める。単に曹丕様にとって丁度良い所に自分の頭があるせいなのだろう。それは良いのだが、頭を強引に揺さぶられているせいで、間抜けな返答しか出来ない。見かねた周瑜様が止めに入ったのだが、「これが魏の教育方針だ」とかなんとか屁理屈言い出して困った。魏も教育も関係無いと思うが。

「豆腐よ、論議に一段落ついたら極上の桃をくれてやろう。先程口にしたが、あれは実に美味であった。」
「あっ! 曹丕様、また――!」
「何を騒いでいる、仲達。何も今始まった事でもあるまい。」
「そうやって己の甘党ぶりを正当化させようとしないで頂きたい! 甘味は貴重なのですぞ!」
「ふん、それがどうした。」
「――っ、この、馬鹿めが!」
「ほう、この曹子桓に楯突くか。」
「双方落ち着いて頂きたい! ……それにしても、なるほど。先程から漂っていた芳しい香りは、曹丕殿からであったか。」

周瑜様の言葉に当然といった風な雰囲気で曹丕様は頷く。未だ雀のように騒ぐ司馬懿様を曹丕様は無視し、今まで俺が動かしていた駒を退けて新たに地図が描かれた布を広げた。
この地形には見覚えがある。俺も曹丕様も出陣した、あの場所だ。……もしや、彼は袁紹様との戦いを再現するつもりか?

「さあ、豆腐よ。探り出すが良い。袁紹軍が大敗を期した真実を。」
「兵糧庫の烏巣を襲撃した、だけではないと言うのか?」
「その通りだ。戦の裏にある真実……豆腐ならば見抜ける筈だ。」
「曹丕様、あまり彼を買い被るのは止めた方が宜しいかと……。」
「あの、その前に離れて頂けませんか……凄く、やりづらいので……。」

「……お願いします」司馬懿様の明らかに此方を舐めている発言に耐え、ちらりと曹丕様を見上げる。曹丕様は嫌そうに眉間の皺を深くさせたが、小さく舌打ちをして賈ク様の隣に座わろうと俺から離れた。……ひ、肘を掛ける事ができなくなるからってそんな嫌そうにしなくても……!!
多少傷付いたが、気にせず退いてくれた腕の重みを振り払うかのように頭を掻く。そうして一息吐いた直後、頭を切り替えて自分の分身となる駒を手に取った……。

「……いやなんというか、夏候惇殿の義理の息子も、曹操殿の息子に振り回される運命って事になるんだね。いや笑った笑った。」
「そうですね……。義理の息子と言えど、役割は変わらないのかも、しれませんね。」
「其処、煩いぞ。」

……この人ら、完全に他人事だと思ってらっしゃる。



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