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再開 


綺麗だった。可愛かった。神秘的だった。大人しそうな子だと思った。
11年前、不思議な子と出会った。ふわふわと優しそうな眼をしていて、触ると柔らかくて暖かった。笑うと花が咲き誇るみたいに綺麗だった。俺はその子の事が大好きだった。それは、恋にもよく似ていた。
俺とその子は「豆腐君」「湊ちゃん」と呼び合っていた。その子と遊んでいると楽しくて、時間が過ぎるのがとても早く感じた。その子は寝るのが好きらしく、よく昼寝をしていた。その昼寝に俺も参加して抱き合って寝てた。思えば、あの時が一番幸せだったと思う。
でもその1年後、その子はぱったりと逢いに来なくなった。その頃は子供だったけれど、子供なりに一生懸命調べ回った。でも分かったのはただ一つ。
"巌戸台から引っ越した"という事だけだった。








その小さな絶望から10年後、2009年4月の20日。2年F組に、転入生が入って来たらしい。"らしい"と言うのは今現在、その転入生が何故か病院で入院中だからだ。環境が変わったからか、過労でぶっ倒れたらしい。案外ヤワな奴だ。あと俺が知ってるのは、そいつが男だという事だけ。それに隣のクラスの俺としては関係無い話だったりする。
どうせだったら綺麗なおねーさまみたいな人がうちのクラスに転入してくれれば良いのに。綺麗で、ミステリアスで、アンビバレンスな感じの大人しめの女の子。そんなのが俺の好みのタイプもとい、初恋の人の印象なワケだが、なかなかそういう人に巡り会えた事が無い。ともちーに「理想高すぎ」とか言われたけど、お前の年上好きに比べたら変わんねーよ。とかなんとか言ってたら隣のクラスの岳羽さんに白い眼で見られた。他クラスで騒いですいませんねー。
岳羽さんの冷たい視線に耐えきれなくなった俺は、とりあえず購買に向かうかーと1階に下りる。ラス1だったやきそばパンを購入して、踵を返してさあ歩き始めようかと足を踏み出した途端、何かにぶつかった。ぶつかった相手はぺたんと床に座り込んでおり、片手で顔を覆っている。相手は男か、難癖付けられて色々と喧嘩ふっかけられたら面倒だなあと思いつつも屈んで相手の顔を覗きこむ。

「えーと、大丈夫か?」

そう声をかけると、ぶつかった相手はそろそろと片手を下ろし、ゆったりとした動きで此方を見つめてきた。……なんつーか、『コイツ本当に男か?』ってくらい女っぽい顔つきをしている。

「やきそば……。」
「あ?」

ソイツは凄い眠そうな顔をして俺の顔じゃなく、俺の手元に視線を注いでいた。俺の手元にはさっき購買で買ったやきそばパン。食べたいのかよくわからないが、やきそばパンを熱心に見つめていたので俺はどうすれば良いのかわからなかった。それでもソイツはやきそばパンだけを見つめている。ついに俺が耐え切れなくなって、ソイツに押し付けた。

「え……。」
「食べたいんだろ? ならソレやるよ。」
「でも……。」
「どうしてもやきそばパンを食べたい奴が食べてくれるんだったら、そのやきそばパンも本望だろうさ。」

我ながら恥ずかしい事言ってるなと思いながらも、俺は別のもの買って食べれば良いし、腹を満たすだけなのだから何もやきそばパンである必要は無い。……と言ったら母さんにぶん殴られそうなので口に出さない事にする。
目の前の奴は恐る恐るやきそばパンを受け取り、そして大事そうに抱きかかえた。そんなにやきそばパンを食べたかったのか。まあ渡した俺もなんだか気分が良いし、俺は別のパンを購買で買おう。そう思って立ち上がって再び購買に向かおうとすると、くいと制服の袖を引っ張られた。何事かと引っ張られた方向に振り向くと、さっきぶつかった奴が俺の袖を引っ張っている。俺が後ろを向いている内に立ち上がったのか、同じ目線だった筈が今は頭半分くらい差がある。勿論頭半分身長が高いのは俺だ。ますますコイツが女に見えてきた。でもどう見ても男子専用の制服を着ているし、骨格も男のものだ。"女装すれば完璧に女になるんじゃないだろうか"という邪な考えはムーンライトブリッジの下に流しておく。

「何だ?」
「やきそばパンくれたお礼……。」
「ぶつかっちまったお詫びみたいなもんだし、別に良いよ。」
「駄目。」

見た目に似合わず、結構頑固らしい。このまま放っとくとワックのペタワックセットを渡してきそうだから丁重にお断りする。流石の俺でもアレは食べきれない。しかし俺がどんなに断っても引くつもりは無いらしい。此方が折れるしか無いと、そいつを連れて購買の前に立った。

「カツサンド。」
「……?」
「今日俺、弁当無いワケ。だからカツサンド買って。」
「……わかった。」

鼻で笑ったのかどうかはわからないが、多分笑ったんだと思う。何気に購買で売られているパンの中で一番高い値段をしている惣菜パン。ボリュームもカロリーも最高峰のカツサンドで、主にスポーツ系の男子に人気だ。いつも売り切れ続出だが、今日は珍しく結構残っている。多分仕入れたばっかなんだろう。これ幸いにと、お礼の品としてコレを選んだ。

「はい、カツサンド。」
「サンキュ。」
「うん、じゃあまたね。」
「あ、ちょっと!」
「……?」

今にも自分の教室に帰ろうとするソイツを呼び止めて、首を傾げている姿を見るとやっぱり女に見えてくる。それは置いといて、なんとなくソイツの名前が知りたかった。知りたかったと言うよりは、知らないといけないような感じがしたのだ。なんでそんな気持ちになったのかは、知らない。一目惚れ?まさか。

「名前……! お前、名前なんつーの!?」
「名前……。」

そう言って思い出した。名前を訊くときはまず自分から名乗らないといけないんだった。「あ、俺杏仁豆腐」と言うと、ソイツは怪しむ素振りも怒る素振りもせず口を開いた。

「……湊。」
「え、なんだって?」

声が聴き取れなくて、思わず聞き返す。一言一句、間違えずに聴き取りたかった。

「湊。有里、湊。」
「有里湊かー……って、えっ?」

ふわりと微笑む湊と呼ばれた男子生徒は、11年前に見たあの花咲き誇る笑顔と同じで。喜べば良いのか、驚けば良いのか、全然わからなかった。
とにかく俺に叩きつけられた事実は、"11年前に恋した相手は男だった"という事だけ。

「よろしくね、豆腐君。」



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