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おいでませプリンプへ! 


――世界はこんなにも広かったんだなぁって、今更思った。
目の前に広がる一面の花畑。少し前にサタンが言っていたプリンプとやらの特徴と酷似していた。これはきっと、空間移動に成功した証なんだろう。長年研究してきた努力が、この瞬間に全て報われた。
今、自分がするべき事はただひとつ。それは兄を探す事。
もはや百何年会ってないのか覚えていないけれど、此処にいることはサタンから聞いている。姿形を忘れてしまっても、自分と兄はそっくりだからすぐに見つかる筈だ。まあ、自分が兄のことを忘れるなんてことはありえないけど。
空間移動によって乱れた髪の毛を束ね直し、今後の方針を整理する。まずは街に行って情報収集しないと。
来る兄弟の再開に、胸を踊らせながら歩き始めた。








アルルがオレの洞窟に来てすぐ、こんな話をしだした。

「シェゾ、最近街の方に出てきてる?」
「いや、無い。そもそもオレが静寂を好むのを知ってるだろ」
「そうだよねぇ……。いやさ、最近シェゾが頻繁に街に来てるって、ウィッチが言ってたからさ。でも今シェゾが洞窟に籠りっきりてことは、ただのそっくりさんってだけなのかな?」

そう言ってアルルはカフェオレが入ったカップに口を付ける。お茶菓子であるケーキも10皿目に突入したらしい。まったく、カーバンクルはよく食べる。この調子ではウェディングケーキがいくつあっても足りないんじゃないか?
っと、オレのそっくりさんの話だったか。アルルからの話を聞いている限り、成り済ましではないようだ。だがその決定的な証拠が立ち振舞いだと言うものだから複雑な気分だ。

「まあなんにせよ、ソイツが何者なのか調べないとな」
「うん、そうだね。ボクも手伝うよ、シェゾ」
「……どういう心境の変化だ?」
「だってシェゾのそっくりさんでしょ?もしかしたらヘンタイじゃないかもしれないじゃん。ねーカーくん?」
「ぐぐぐーっ!」

即答か。そしてオレはヘンタイじゃない。と反論したら「誰もシェゾのことだって言ってないじゃん」なんて返ってきやがった。ああいえばこういうと言うとは正にこのことだな……!
オレはオマエ(の魔力)が欲しいだけだ!








「うー……ん……」

なかなか情報が集まらない。兄さん、引きこもりだからかな……。それにしたってもっとこう、有力な情報があったって良いのに。
そんな調子で途方に暮れながらプリンプから出た。また少し歩いて交差点を曲がり、森に入る。嗚呼、此処は本当に空気が美味しい。ついさっき街で買ったエクレアを口にくわえながら、いつも通り読書に勤しむ。
魔術書を読みながらイメージを膨らませ、実体化させる。これは空間移動する前から続けている、謂わば習慣みたいなものだ。実体化と言っても、映像化に近いものなので干渉は一切できない。文字だけでは理解し難いものを、書いてある通りに実体化させて理解を深める。
これが自分がほぼ独学で魔導師になれた理由だったりする。そのお蔭か、今や「月の大魔導師」だなんて大それた肩書きをもらっちゃっている。……にしても、何で「月の」なんだ。もっと別のがあっても良いだろう。それこそ兄さんのと対な感じで「光の」とか。駄目なのか。
あーもうやめやめ。今日はもう寝てしまおう。今日は沢山歩いたお蔭で疲れたんだ。寝るには早いけれど、起きる時間に支障は無いだろう。そう思って眠りに入ろうとした瞬間、足音が聞こえた。
音からすると、2人歩いているのだろうか。男の子と、女の子の2人って感じがする。何だか話し声も聞こえるがどうも聴き取り辛い。もう少し近付けば聞こえるかな。

「やあ、こ・ん・ば・ん・は」
「うわああああああ!!」

近付こうとして立ち上がったけれど、背後に現れた人物によって中断させられた。間抜けにも腰が抜けて尻餅をついてしまった。見上げると全身緑に包まれた"見た目だけは"同い年の青年が立っていた。一応百ウン年ほど生きさせて頂いてる魔導師だ、恐らくボクは彼よりは遥かに年上になはず。彼も魔導師となると年齢はわからなくなるけれど。

「ええええええええーっとー……こ、こんばんは?」
「うん、こんばんはー。なんだかとーっても甘い匂いがしたから、ついふらふらと来ちゃった」
「あ。甘い匂いぃ?」

甘い匂い……甘い匂い……ああ、もしかしてさっき街で買ってきたエクレアの事かな?どうやら熱中しすぎて一口食べたまま、エクレアが膝の上に乗っかっている。先程立ち上がった時に落とさないで良かったと場違いな事を思った。
膝の上に乗せていたエクレアを持ち上げると、「それ!」と僕の持っているエクレアを指差した。エクレア、食べたいのかな?

「食べかけで良かったらですけど……いります?」
「うーん、魅力的なお誘いだけど遠慮しておくよ。僕もあまーいお菓子持っているから、一緒に食べよう?」
「良いですね、ところでどんなお菓子を持っているんですか?」
「えっとね、キャンディー、チョコレート、ラング・ド・シャもあるよ。まだまだたっくさんあるんだ」
「わあいいなあ……」
「何かいる?」

「ほーら」と何者か知らぬ青年がコートを広げると、大量のお菓子が足元に雨のように零れる。色とりどりのお菓子はボクの足もとを取り囲むように転がり落ちていた。どれを拾おうか迷いあぐねていると、目の前の青年がちょいちょいといくつか拾ってボクに全部手渡した。いくつかと言ったが、結構な量があって、ボクの両掌に収まらないくらいに多い。こんなにいらないんだけどなあ。でもこの青年、凄く胡散臭い笑顔で……いや、とても良い笑顔で此方を見てくるものだから言い出し辛い。

「マーボー、少し顔引いてろ」
「はい?」

思わず仰け反らせたが、今の声は一体……。と思って声がした方向に顔を向けると、轟音と同時に目の前が真っ白になった。一体全体何が起きたって言うんだ。何度か瞬きをして改めて目の前を見る。見るとさっきまでボクの頭があった場所に剣が刺さっていたのだ。「引いてろ」って言われていたから大丈夫だったけれど、言われていなかったらと思うと背筋が凍る。それはお菓子をくれた青年も同じだったようで、引きつった笑顔で一歩引いたところに立っている。というかこの剣、物凄く何処かで見た覚えがある。

「酷いよ闇の魔導師ー、一歩間違えたら彼に当たっていたところじゃないか」
「お前に当てようとしたんだ、お前に」
「ちょ、ちょっとシェゾ! いくらなんでも非常識だよ!」
「……」

置いてけぼりにされかけたが、なんとか頭をフル回転させる。そうか、この剣は兄さんのだ。これを拾ったばっかりに兄さんは何処かへ消えてしまった。その時から兄さんと会っていない。それにしたって兄さんはどうして剣を投げたんだろう。そう思って兄さんを見つめていると、兄さんはばつが悪そうな顔をして頭を掻いた。

「……兄さん」
「あー……ええと……久しぶりだな、マーボー。元気にしてたか?」
「兄さんこそ……」
「に、"兄さん"!?」

あ、さっき眠ろうとしていた時に聞こえた女の子の声だ。今気付いた。兄さんに弟がいる事を知らなかったんだろう、女の子と青年はたいそう驚いている。よく考えたら兄さんと会うの、百年ぶりくらいなんじゃないだろうか。って、今聞きたいのはそういう事じゃなくて。

「兄さん、なんで出合い頭に闇の剣投げてきたんですか。危ないですよ」
「お前の近くに"虫"がいたからな」
「ええ、いたかなあ……」
「いるじゃないか、デカい虫が」

そう言って兄さんが指差したのはさっきの青年。指差された青年は困ったような顔をして(目は笑っていたけれど)、「ええ、ひどいー!」と言っていた。言う程虫っぽくは無いと思う。むしろ"虫"と呼ぶのならば甘いものに群がるカメムシの方がピッタリのような気もする。

「……なんかキミ、ものすごーっく失礼な事思ってない?」
「いいえ、気のせいじゃないですか?」
「とにかく! マーボー、行くぞ」
「えっと、何処にですか?」
「オレが住んでる場所だ。お互い、積もる話もあるだろうからな」
「ええー、あそこパイとか作るのには最適だけれど住み心地は悪いよー」
「煩い。彗星の魔導師は来るな」
「そんなぁー」

兄さんはボクの腕を引っ張り、兄さんの隣に無理矢理立たされる。青年と女の子はボクと兄さんを交互に見て「雰囲気"だけ"似てるね……」やら「雰囲気"しか"似てないね……」やら口々に好き勝手言っている。はて、兄さんとボクはそんなに似てないだろうか?昔は似てる似てるとよく言われたのだけれど。住む環境が違うと一卵性双生児の双子ですら似なくなるって言うし、恐らく住む環境のお蔭でボクも兄さんも随分変わってしまったのだろう。よくわからないけど。
そんな事を考えていると、あまり喋っていなかった女の子が突然「なるほどね」と呟いた。

「突然どうした、アルル」
「キミが"ヘンタイ"な上に"ブラコン"だということが、よくわかったよ」
「だから、オレは"ヘンタイ"じゃない!!」

兄さんの怒号が、暗い森の中に響いた。
街にいなくて良かった。きっと住んでいる人に迷惑がかかっていただろうし、兄さんは熱くなると周りが見えなくなるから。

「兄さん"ヘンタイ"なの?」
「お前も真に受けるんじゃない!!」
「キミもシェゾみたいにならないようにね」
「ええ、なんでですか? 兄さんって強くてカッコいいじゃないですか」
「――うん、キミはそのままでいてね」
「?」



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