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王様への第一歩 


ある島国に、誉れ高き騎士達がいた。彼らはフットボールフロンティアインターナショナルでどんな相手であろうとも正々堂々と戦い、優勝した。それが数年の間続いたのは言うまでもない。人々はその事を一種の"伝説"として語り、これからの試合に期待した。きっと来年も優勝してくれるだろうと、そんな期待を騎士達に背負わせて。

『我がチームは、今日を以て解散致します。長らくの応援、有難う御座いました』
『有難う御座いました』

しかしその伝説は突然全てが崩れ落ち、終わった。人々は去り行く騎士達を惜しんだ。"帰って来い"と、"わざわざ去る必要は無い"と。それでも騎士達は二度と表舞台に上がる事は無かった。たった1つの発言で、12人の騎士達全員が忽然とフィールドの上から消えてしまったのだ。彼らが何処にいるか、それは誰にもわからない。きっとどこかでまたサッカーをやっているのではないか、人々はそう願った。
そして、新たな騎士達が立ち上がり、フットボールフロンティアインターナショナルの舞台に再び立ったのはまだ先の話。
所変わって此処は日本。空港から出た少年は、大きく伸びをした。彼の姿を見た周りの人々は、ちらちらと少年の姿を盗み見る。"何処かで見たような気がするが、何処で見たのか忘れてしまった"そんなような顔で。周辺の人々の様子に苦笑しながら、少年は右足を少し引き摺りながら歩き始めた。
土地勘が無いせいで随分と遠回りしてしまったが、河川敷までやってきた。此処を抜ければ住宅街に着く。そしたら目的地に到着できるはずだと思いながら歩を進める。ふと、サイレントマナーモードにしていた携帯を取り出し画面を見る。着信がいくつかあるが、殆どのものは無視して良いだろう。そう思って少年は履歴をつらつらと流していく。すると、今さっきまで着信をかけていたのか、一覧の中で一際目立つ名前を見つけた。少年はその人物にリダイヤルを掛け、その人物が出るまで待つ。電子音が数回鳴った後、お目当ての人物の声が聞こえてきた。

『……はいもしもし』
「もしもし、広志さんでしょうか?」
『その声はマーボーくん?』
「はい」
『その様子だと此方に着いたんだね』
「はい、今河川敷と呼ばれている場所にいます」
『そうかい……じゃあ僕達の家まであと少しだから、気を付けておいで』
「ご心配有難う御座います。それでは今からそちらに向かいますね」

そう言って会話は終了した。マーボーと呼ばれた少年は、河川敷を眺めながら大きく伸びをする。ふと見ると、河川敷では自分よりもいくらか年下の子供達がボールと戯れていた。嗚呼、自分にもこんな時期があったなと眩しいような顔で微笑んだ。
眼が眩みそうな程赤い太陽に包まれながら、春の気配を感じた。さあ後もう少し。松葉杖とか、車椅子とか、持って来れば良かっただろうか。でも最初の一歩は、自分の足だけで歩きたかった。多少無理はしているが、悪化する訳じゃない。そう念じて、マーボーは先程と同じように右足を少し引き摺りながら、えっちらおっちらと住宅街の中を歩き始めた。

「え・ん・ど・う……此処か。お邪魔します」
「あらあら貴方がマーボーくんね! どうぞどうぞ」

今日から数ヵ月世話になる円堂家に到着した。扉を開けると円堂温子が出迎えてくれ、手荷物を持ってくれた。年下の少年がいるらしいが、何処にいるのだろう。自室だろうか?

「久しぶり、マーボーくん。大きくなったね」
「広志さん、お久しぶりです。これから数ヵ月ほど宜しくお願い致しますね」
「あら、しっかりした子ね!」
「いえ、そんな事は……」

自分は当然の事を言ったまで。と言おうとしたが、円堂温子は階段の方に振り向き、「守ー、マーボー君が来たわよー」と大声で呼んだ。それと同時に、ドタドタと忙しない足音を立てて頭半分くらい小さい少年が現れた。予想通り自室にいたらしい少年は、少し息を切らせながらマーボーに挨拶をした。

「こんにちは、マーボー! オレ、円堂守! 会えて嬉しいよ!」
「はじめまして、守くん」
「おう! 短い間だけど、よろしくな!」
「マーボーくん、自分の家だと思って、寛いでってね」
「はい、有難う御座います」

深々と頭を下げると、円堂温子と円堂広志は困ったように笑った。円堂守と自己紹介した少年に「それじゃあ守、あとは宜しくね」円堂温子は言った。円堂守は母のお願いに応えるように大きく頷く。とても元気で、明るい少年だ。それがまるで太陽みたいで、マーボーには酷く眩しく見える。
円堂守は、マーボーの手を引っ張って階段を上がった。彼の手の感触は大きくて、硬かった。まるでゴールキーパーの掌みたいな感触だ。彼もサッカーが好きなのだろうか。好きだと良いな。

「ここがオレの部屋! ちょっと散らかってるけど……ま、気にすんな!」
「守くんは、サッカーをやっているんですか?」
「え、何でわかったんだ?」
「君の掌に触れた感覚がね、キーパーにそっくりだったんだ。まあ、勘って奴ですね」
「そっかー、マーボーもサッカーやった事あるんだな! サッカーって、すっげえ楽しいよな!」
「そうですね、とても楽しいです。……所で守くん、君はそのサッカーで目標とかあるのかな?」
「あるぞ! フットボールフロンティアで優勝する事!」
「そうか、素晴らしい目標ですね。優勝、できると良いですね」
「いいや、絶対に優勝してやるんだ!」

フットボールフロンティア。何だか懐かしい響きだ。たった1年で老け込んでしまったのだろうか。少し自嘲してしまう。円堂守、彼は沢山の可能性を秘めている。それを開花させるには自分では役不足かもしれない。でも彼はきっと誰よりも強くなる。誰よりも強くなって、どんな困難があっても優勝を掻っ攫って行くだろう。そうしたら自分も今まで在籍していたチームをなんとかもう一度集結させて、彼のチームと戦ってみよう。きっと楽しい筈だ。だからそれまで、少しずつ少しずつ彼を助けて行こう。自分ができることならなんでも。
初対面にこんな決意させられる、円堂守と言う少年はものすごい大物なんじゃないか。人を見る目だけはある自分が此処まで言わしめる少年だ。大物に違いない。

「そうだ! 明日はサッカー部のみんなを紹介するよ!」
「そうですね、それは楽しみです。ええと、雷門中でしたっけ? ホームルームが終わったらそちらに向かいますね」
「おう!」

ある島国に、誉れ高き騎士達がいた。彼らはどんな相手であろうとも正々堂々と戦い、優勝した。人々はその事を一種の"伝説"として語り、これからの試合に期待した。きっと来年も優勝してくれるだろうと、そんな期待を騎士達に背負わせて。
しかしその伝説は突然全てが崩れ落ち、終わった。人々は去り行く騎士達を惜しんだ。それでも騎士達は二度と表舞台に上がる事は無かった。たった1つの発言で、12人の騎士達全員が忽然とフィールドの上から消えてしまったのだ。きっとどこかでまたサッカーをやっているのではないか、人々はそう願った。
そうして誉れ高き騎士の1人、"マーボー・ドウフ"は小さな国である日本で、静かに剣を磨き始めるのである。伝説の続きが今、始まった。



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