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悪夢 


眠るのが嫌だ。
寝てしまったら悪夢を見てしまう。その夢は同じ様に始まり、同じ展開になる。そして同じ言葉を発する。何を言っているかは分からない。ただ重く、冷たい言葉を俺に叫んでいるのだろう。
ああ、眠りについてしまう。またいつもの悪夢を見てしまう……。嫌なのに……それなのに身体は睡眠を欲していた。

『……貴方と出会えるのはこれで何度目なのかしらね』

始まり方が……少し違う……。いつもは問答無用で頸を絞められるのに……。でも、いつもの悪夢と同じ女性……。嗚呼、嫌だな。面倒だ。また頸を絞めるのだろう?ならさっさと絞めて、夢から覚めさせてよ。

『私は、貴方が憎いわ』

何故……?俺は、貴女を知らない……。

『私ができなかったことを、意図も簡単にできてしまう貴方を!』

俺は……何もできない……。ただ、見守ることしかできないただの愚かな人間……。

『……嘘よ。貴方は知らず知らずの内に何でもできてしまう力を得ていたの。忌々しき、力をね』

そんなこと……初耳だ……。忌々しき力?俺が?

『私はね大切な人……いえ、イヴェールを永遠の冬に閉じ込める事に成功したわ』

あのイヴェールを?彼が生まれない理由は貴女だったのか……。でも、それが何で俺への憎しみに直結されるんだ?

『あの時、身を千切る様な感覚が私の中で廻ったわ。それほど大変だった。……なのに』

一呼吸置いて再確認するように、憎々しげに彼女は吐き出した。説得しようとも一瞬考えたが、それよりも頭の中で巡る恐怖の方が勝っていた。彼女に何も言ってはいけない。

『貴方は私が苦労した呪いを容易く外し、私のイヴェールを生まれさせようとしている!』

そんなことは……!ただ、イヴェールの世話係をしているだけなのに……!

『私は貴方が憎い! 憎い! 憎い! この地平線から消滅させてあげる!』

ああ、やめてくれ!頸を絞めながら「死ね」と叫んでいる……!何度もこの悪夢で頸を絞められているのに、今日は格段と恐ろしい……!悪い夢だ、これは悪い夢なんだ、さっさと覚めろ……!覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ……ああ……イヴェール……!助けて、イヴェール……!

『マーボー!』

あれ……?夜……?

「マーボー……。うなされていたから心配したぞ……」
「ああ、ごめんね心配してくれたんだね。ありがとう」
「い、いや……。それよりその頸筋、どうしたんだ……? まるで、頸を絞められたような痕があるが……」

頸……筋……?夜に手渡された鏡で、自分の首筋を見てみたら緋い緋い痕が残っていた。"今、頸を絞められました"と言っても否定できないくらい、赤く、禍々しい。
もしかして…、あの夢は現実……?
そう思うと恐ろしくなってきた。怖くて怖くて、身体中の震えが止まらない。歯と歯がぶつかり合ってかちかちと小さく音が鳴る。身体中冷や汗が滝のように流れ出て気持ち悪い。怖い、怖いよ。殺されたくなんか無い。

「マーボー、夢の中で何があったかは知らんがそんな夢は気にするな」

ふいに引っ張られる感覚がして、気がついたら夜の小さな体が俺の目の前にあった。青褪めていた俺の顔を見て心配したのか、抱きしめてくれたようだ。

「よ……」
「そして、それでも怖くなったら皆に頼れ。こんな小さい体じゃ、何もできないけれど……」
「ありが……と……」

嬉しくて、涙が出てきた……。俺は夜の首筋に顔を埋めながら、夜にお礼を言った。

「マーボー……。らしくないな」
「うー……。夜こそ」
「う、煩い!」
「でも」
「ん?」
「もうちょっとだけ、弱い自分のままでいて良いかな……」

そう言ったら、更に強く抱きしめてくれた。これは「良い」ということなのだろうか。今宵は夜に甘えたまま、朝を迎えそうだ。
それで良い。
人は、誰でも甘えたいときだってあるのだから。
俺とよく似た女性が出てきて俺の頸を絞め、何度も「死ね」と言い放つ夢……。願わくば……もう二度とその夢を見なくなるように……。夜に抱きしめられながら、そっと、願った。



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