main

産まれて来れずとも 


広い広い豪邸。何処かで、誰かの声が聞こえた。
それははっきりとしては聞こえなく、何を言っているのか聞き取れなかった。だが、これだけははっきりとわかる。
まるで呪文のように、同じ言葉を繰り返している事を。
声がする方向へ行ってみる。考えてみれば自分は耳が良いんだなぁと思う。とても小さな、まるで独り言のような言葉が遠くからでも聞こえてくるのだから。
何処を見てもほぼ同じ風景の廊下をずんずん進んでいく。ふと、イヴェールの部屋の扉の前で足を止めた。声がする方向はここから聞こえてくるようだ。
勝手に人の部屋に入ってはいけないと思いつつも「まぁ中に人がいるから大丈夫だよな」という思考でマーボーは部屋の扉にノックを三回する。一応マーボーはイヴェールの使用人なのだから、ノックをして部屋に入るのは常識だ。

「ムシュー……いえ、イヴェール? 入りますよ……?」
「……」

何かを言ってるのだが、この距離でも上手く聞き取れない。もっとイヴェールの傍に近寄る。

「イヴェール……?」
「ごめんなさい」

……はい?

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……!! イヴェール!!!」

壊れたラジオみたいに言葉を繰り返すイヴェールの肩を掴み無理矢理自分の方へ向かせる。眼には生気が無い。光が見えない。ただただ、イヴェールは無表情で「ごめんなさい」を繰り返す。
見ていて、聞いていて、辛かったのでもう一回呼びかける。反応は無い。イヴェールはただ同じ事を繰り返す。

「……イヴェール!!」

もう一度、呼びかけた。今度は反応を示したが、顔は相変わらず生気の無いまま、無表情だった。
「ごめんなさい」の言葉の前に謝罪する理由がイヴェールの唇から漏れた。

「生まれて来れなくてごめんなさい」
「やめなさい!!」
「ひっ」

マーボーは無意識に無表情のイヴェールの頬をひっぱたいた。

「なに……するの……」

イヴェールは若干涙目になっているものの、瞳に光は無かった。

「イヴェール、もう二度とその言葉を発してはいけません」
「なん……でっ……?」
「生まれてこれなくても、貴方の目の前に私がいるじゃないですか、双児の人形がいるじゃないですか、変態賢者がいるじゃないですか」
「え、でもマーボーが、『生まれてこれないことに罪悪感は湧かないの?』って言われて僕……」

ああ、やっぱりマーボーの入れ知恵か。
目の前にいるイヴェールに気付かれないように静かに舌打ちする。同じ見た目なのにイヴェールが望まないことをするから存在自体が腹ただしい。ほらこんな感じにイヴェールの心を再起不能までに傷をつける。そしてその心の傷が治ったとしても大きな傷跡が残る。

「あなたが生まれてこれなかったけれど私たちに会えたじゃないですか、これで十分じゃないですか」

我ながら鳥肌立つような気がするがこれで十分だ。その証拠にイヴェールの瞳に生気が戻ってきた。
よかった。

「うん……うん、ありがとうマーボー……」
「どういたしまして。今度マーボーに会ったらどうにかしておくから」
「うん……でも、やりすぎちゃだめだよ?」
「善処します」

正直言えばマーボーに会えるかどうかはわからないがもし会えたら小言を小1時間ぐちぐちぐちぐち言い続けてやる。……会えるの凄く低確率だが。
気がついたらイヴェールは部屋の電気をつけてソファーの上に座っていた。あれ、さっきまで目の前にいた筈なんだが。行動力の早さは異常だな。

「マーボー、マーボー! 紅茶とお菓子持ってきて!」
「……はい、了解しましたムシュー」

そしていつも通りの会話。うん、やっぱりイヴェールは笑顔が似合うと思う。そう思いながら紅茶とお菓子を持ってくる為にイヴェールの部屋を後にした。
まぁすぐに戻ってくるけれど。


生まれてこれなくても会えたからここにいる。



戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -