いきなり腕を引かれ、抱き締められる。

女の子たちの悲鳴が聞こえた。


あまりに突然のことに頭がついていかないのですが。

何がどうしてこうなった?




「あの…財前く」
「よう聞いてください」


耳元で低い声で囁かれてびくっとした。

有無を言わさない見えない圧力のようなものを感じて、小さく頷く。

…心臓の音が聞こえてませんように。



「唇は外します。右側…先輩から見て左側にするんで、なつめ先輩は頭動かさんといて下さい」

「だ、大丈夫なの?」

「俺が何とか誤魔化します。先輩はとにかく動かんといて下さい1ミリたりとも」

「…はい。」




財前君なら面倒くさがりそうだから、さっさと済ませてはい、終わりなのかと思ってた。
やっぱり気をつかってくれてるのだろうか。



ゆっくり体を離し、改めて向き合うと照れ臭くてどこを見ていいか分からない。


そっと頬に触れる財前君の手は冷たかった。

こうやって、キスするのか。


まじまじと財前君の顔を見つめる。

いつも白石の顔を見ていたから一々人の顔を見て綺麗だなあと思うことはほとんど無かったけど、整った綺麗な顔だ。

我ながらよくこんな人を叩いたと思う。




「目、閉じてください」



だんだん近づいていく距離を周りの反応と空気で感じながら、ゆっくり指示に従った。




よく考えたら、酷いのは私じゃないか。


私のことを睨んできた女の子は財前君が好きで、好かれようと努力している。好きな人が他の女と仲良くしてるのを見て心中穏やかでないのは当然だ。

にもかかわらず、私は何をしただろう。
ちょっと腹の立つことを言われて、ひっぱたいて。

挙げ句気をつかわせて、勝手にドキドキして。



なんかもう、本当に今日の自分、駄目すぎる―――。












「……せんぱ、」

「なつめっ!」



慌てて駆け寄ってきた白石が私の顔を覗き込む。

また何かやらかしてしまっただろうか。



「ごめ…っ、なつめ、ごめん…」


痛々しい表情の白石は何度も謝罪を繰り返す。

私には意味が分からなかった。




「ホンマ、ごめん……泣かんといて」



震える口から紡がれた言葉に驚いた。
だって、本当に辛そうな表情をしているのは白石の方だ。



「何で…」

言い掛けたとき、涙が一筋こぼれた。

すると白石が血が出そうなぐらい自身の唇を噛んで私を抱き締めるから、本格的に涙が溢れだして止まらなくなってしまった。





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