「こ、殺されるかと思った…」



隣で話してたときはあんなにいい子そうだったのに。
女を見くびってた…
もしあのまま財前君と話してたらもう二度と平和なスクールライフは送れなかったかもしれない。




近くの壁にもたれかかると、室内から女の子たちの歓声が聞こえた。
またテニス部の誰かが歌ってたんだろう。



「ふー…」






「こんなとこで何つったってんですか」



………え。



「ざ、財前君…」


なんちゅータイミングで出てくるんだこの子は。



「遅いから逃亡してないか見に行こうと思ったんです」


「余計なお世話ですけど」

「ははっ」




なんとか取り繕って、部屋に入ろうとドアノブに手をかけたが、その上から大きな手を被せられて適わない。



「俺、なつめ先輩に興味あるんです」


したり顔の財前君は、とても後輩には見えなかった。

だからといっても若干ひるんでしまう自分が情けない。
年上なのに。



「…光栄だ、わ。」


「絶対思ってないでしょ?」


「……手、退けてくれない?」


「退けたら逃げるでしょ」

「逃げません」




数秒間見つめ合う形になるが視線を外してくれる気はないらしい。

この状態であの女の子が部屋から出て来たりしたら完全にアウトだ。



仲良く手を繋いで一緒にドアを開けようとしている痛いカップル、に見えなくもないじゃないか。

言い訳できない。




幸い室内は盛り上がっている様子で、ドアを1枚隔てたところでこんな攻防が繰り広げられてるとは誰も思わないだろう。


でもそれは言い換えれば、救いも無いというわけで。




「部長が言ってました。なつめ先輩は彼氏つくったことないピュア中のピュアな人やて」



…あんにゃろう。



「でもホンマにありえるんすか?そんなん。もう高3でしょ」





な、んだ。それ。



「……悪いわけ?」



「今どきそんな純情キャラとか演じんのって……サブいし。そんなんでウチの部活の誰をたらしこもうとして、」



バシン。

いつか見たドラマのワンシーンみたいに、私の手のひらは財前君の頬を綺麗にとらえた。


考えるより先に体が動いた、そんな感覚。
込み上げて、どうしようもなく頭が真っ白になって、気が付けば手が出ていた。


怒りに任せて人をひっぱたくのなんて、初めてかもしれない。



「あんたには、私の気持ちなんか分からない…」


声も、叩いた手のひらも、震えていた。





ああ、もしかしたらこれから殴られたりするのかな。
渾身の力だったし。


財前君は一歩後退りしただけだったけど、私なんか吹っ飛ばされるんじゃないだろうか。
骨とか折れたりしないだろうか。




「…意味わからん」


「え?」


「あんた、何やねん」



ここで人間です。なんていうほど私にお笑い魂も余裕も無い。

それに、財前君はあからさまに動揺していて、いつもの憎たらしさも大人っぽさの欠片もなくて、うなだれてる一氏君とどこか似たようなものを感じた。

殴られるより、泣きだされたらどうしよう。




「納得できへん」



「…人間、財前君と同じ人種の人ばっかりじゃないってことだよ」



それだけ言って、今度こそドアを開き、中に入る。



私と、テニス部の皆はたぶん違う。
だから関わりすぎない方がいい。


私は人に愛されなくても、一人でも生きていける。






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