第82χ 恋は短し、動けよ少女@




「仁子ー、助けてーっ!」

昇降口で上履きに履き替えていたところ、押し倒さんばかりに飛びついてきたのは知予ちゃん。その勢いによろめきそうになるも、片足でブレーキをかけるように脚に力を込めて抱きとめれば、今度は力任せにぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

「ち、知予ちゃん...く、苦しいよ...っ。」
「あ、ごめん!つい仁子見たら勢い余っちゃった。」

てへぺろと聞こえてきそうなばかりにてべっと舌を出して頭を拳でコツンと軽く叩く様子は、まるで漫画の世界のヒロインのようだ。知予ちゃんのそういう可愛らしさが私の好きなところの一つでもある。

しかし、今は彼女の可愛らしさに魅了されている時ではない。知予ちゃんが飛びつくまでの衝動に駆られた理由が気になって仕方がない。

「それで、知予ちゃん...朝からどうしたの?」
「...それが、ね?」

話を聞こうにも知予ちゃんは急に周りを気にするようにモジモジとしている。...もっと前にその羞恥心を感じるところがあったのではないのだろうか。
とりあえずモジモジと私の背中を使って指で円を書き続ける知予ちゃんを自身から引き剥がすと、教室でゆっくりと話を聞くことにした。

話は実に簡単だった。正月太りで悩んでいたとのこと。確かに女子にとって生きている限り体重と向き合い続けるのは宿命であると言っても過言ではない。

知予ちゃんは全て話し終えるとあー、ダメだと絶望でもしたかのように机に突っ伏してしまった。私としてはそんなに気に必要はないと思っているのだけれど。
その理由の一つがが抱き心地が良かったから。昇降口で抱きつかれたときは驚いたけれど、女の子特有の柔らかさにもう少しだけ抱きしめていたいと同性ながら感じてしまった。...これは知予ちゃんには秘密だ。

「こんな体型じゃ海藤くんに嫌われちゃう...けど、このカチューシャの封印を解けば解決はする。マスターの言いつけを破ることになるけど世界の均衡を保つためだし...。」

知予ちゃんは身体を起こすなりニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべている。なんというか...知予ちゃんは好きな人に染まるタイプなのだろうか。
こんな知予ちゃんを見てしまったからには今までは冗談半分なところもあったけれど、本気で海藤くんと知予ちゃんを応援したくなってきた。
ここで私が二人のためにできること...それは。

「知予ちゃん、外に出よう!」
「え...うん、わかった。」

知予ちゃんの手を引いて連れ出した先は校庭
今の私ができること、それは知予ちゃんの悩みのタネである正月太りを共に解消してあげること。

女性は見た目から自分に自信をつけていく生き物だ。体型が変われば知予ちゃん堂々と海藤くんと付き合う気にもなるだろうというのが私の策略である。
幸い、校庭一面には昨日降り積もった雪がある。雪の中は普通に運動するより身動きも取りにくいから運動になると聞いたことがある。今日はまさに運動不足な知予ちゃんにはもってこいの環境だ。

校庭は既に男子達による雪合戦の会場と化していた。勿論、そこには彼らもいる。楠雄くん御一行様だ。
海藤くんや燃堂くんはゲームセンターでの勝負の続きだとかで他のチームに混じって雪合戦を繰り広げていた。

そんな二人とは真逆で、楠雄くんはポツンと雪の中でぼんやりと佇んでいる。寒そうに少し背中を丸めているところがなんとも猫っぽくて可愛いと思ってしまった。それに肌が白いせいか雪の中に消えていってしまいそうで...私は無意識に彼の制服の端を掴んでいた。

「...あ、ごめん。楠雄くんが消えて行きそうな気がしたから。」

パッと慌てて手を離してポツリと呟いた言葉は、どうやら彼に届いてしまったようで、楠雄くんは首を傾げながら怪訝な表情で私を見下ろしている。今日は一段と冷え込むせいか余計にカッと顔が熱くなるのがわかった。

「仁子、早く雪だるまつくろーっ!」
「うん、今行くっ。」

丁度良いタイミングで聞こえてきた知予ちゃんの呼び声に、私は慌てて駆け出してゆく。途中まで背中に楠雄くんの視線を感じていた気がしたけれど、きっと気のせいだ。彼が何かを告げようと唇を開きかけていたことも。

その後、知予ちゃんとどれだけ大きな雪だるまを作れるか競争したり、燃堂くん達に混ざって雪合戦をした。普段は雪を見てもはしゃがないのだけれど、この日ばかりは私もつい興奮してしまった。

試合途中、雪合戦に灰呂くんが参戦してけれど雪が彼の手の中で溶けてしまうものだから雪合戦には参加せずに審判をやってもらうことにした。
それにしても手の中で雪が溶けるとは...彼の精神だけではなく、身体まで燃えているのだろうか。単に新陳代謝が人並外れて良いだけだとは思うけれど。灰呂くんが歩いた軌跡が轍のようになっていて少し面白かったな。

「はーっ、楽しかった!仁子ありがとう!」
「うん、少しは運動になったみたいで良かったよ。」

日が傾く頃には知予ちゃんは満足そうに笑みを浮かべていた。身体を動かしたことで沈んでいた気持ちもスッキリしたようだ。彼女が嬉しいと私まで嬉しくなってしまう。

「たくさん動いたらお腹が空いてきちゃった。帰ったらご飯おかわりにしそう。それにデザートにアイスも欲しいなぁ。」

...知予ちゃん、それじゃ意味ないから!
知予ちゃんの恋路の終着は程遠そうだ。





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