みじかいはなし | ナノ

▼紅色の

宇宙からの遠征より数週間ぶりの月日を経てようやく江戸の隠れ港に軍艦を付けることに成功し、降り立った先の大地。
ずっと宇宙を浮遊していたせいか、大地を踏みしめる脚が擽ったい。
私達が江戸に戻ってきたのは江戸の偵察を兼ねた食料調達が目的である。私は船内の女中でしかないため今回の任務は偵察ではなく、食料調達に回ることとなった。

食料の買い出しのついでにふと目に留まった小さな露店。可愛らしい小物や少しばかりではあるが化粧品も並べられている。
最初は買うつもりは毛頭ないつもりで覗いてしまったのが運の尽き。
これは一目惚れというやつだ。少し値が張る代物ではあったが、購買欲の赴くままに雀の涙ほどの持ち金を叩いて買ってしまった。

品のある漆の皿に収められた真っ赤な紅。
私としてはかなり背伸びをしたと思う。こんな発色の良い紅は女中程度の女が扱える代物ではない。けれど、その鮮やかな色に惹かれてしまったのだから仕方がない。ここ何日も出会えていない私の恋仲であると同時に、我らが隊の主、高杉晋助という男のことを思い出してならないのだ。

買い出しを済ませて軍艦に戻ると聴こえてくるのは勇ましい隊員達の歓声。
やっと、待ちに待った主が帰って来たのだ。
買い込んだ重い荷物もなんのその。思わず隊員の歓声に混じって鼻歌を口ずさみそうになるのを必死に堪えながら、私は任務を遂行することに専念することとした。

夜も更けて、隊員達が寝静まった頃を見計らって主の部屋へと脚を伸ばした。普段は身に纏うことのない少しばかり艶やかな着物と、今日購入したばかりの紅を薄く引いて。
彼はこの姿を見てどう思うのだろうか。考えただけで心臓が飛び出そうになる胸に手を添えて深呼吸一つ。部屋の入り口まで辿り着けば膝をつき、震える唇をそっと開いた。

「晋助様。」
「あきこか...入れ。」

許可の合図を確認した後に障子を音を立てぬよう開け放てば、そこには変わらず不敵な笑みを浮かべながらキセルを口にする愛しき人の姿が飛び込んで来た。
嬉しさに顔が緩まりそうになるのを歯を食い縛って堪えつつ、主のいる窓際へと移動すればもう習慣となっている作業、彼に盆を差し出した。
吸い殻をトンと盆へと捨てる指先の動きだけでも見惚れてしまう。彼のすることすべてが美しく感じてならない。

手に持った煙管が仕舞われるまで釘付けになっていると、突如腕を引かれて重なり合う唇。反応する隙さえ与えない。
すかさずねじ込まれた舌の動きにぎゅっと瞼を閉じるも、目を閉じた事より上がった感度のまま弱点の一つである上顎を舐められれば肩が反射的に大きく震える。

「ふぅ...ん、ぁ...っ。」

まるで生き物でも飼っているのではなかろうと思う程に咥内を艶めかしく這い回る熱い舌に翻弄されながらも着実に酸素が奪われていけば、意識がフェードアウトして行きそうになる。

失神寸前のところでようやく離され、咄嗟に奪われた酸素を補うように大きく呼吸を繰り返して肺に空気を送り込んで行く。
そんな私を他所に息も切らすことなく、何事もなかったかのように見下ろす相手を涙目混じりに睨んでみるも、歪んだ口元は私のつけていた紅が付着していて、紅を親指で拭い去る様子に咄嗟に目を逸らしてしまった。

「この紅はお前にゃ似合わねぇよ。花魁じゃあるめぇし。」

クツクツ喉を鳴らして聴こえてくる低音の声が全身を駆け巡って、もう抵抗する力さえも抜けてしまった。
彼には何もかなわない。あの日からすべて奪われてしまったから。

突然肩を押されたと思えば、身体への衝撃と共に視界は天井と彼で覆われる。

「これで終いじゃあるめぇよ。これからが始まりだぜ。夜も、俺達も、この世界の祭りもなァ。」

「承知しています。私はいつでも晋助様のもとで。」

「相も変わらずあきこ...お前ェはいい女だ。」

再び彼の口元が至極楽しげに歪んだ。
合わせ目から滑り込んだ手に身体が歓喜の声をあげながら跳ねるのがわかる。

紅が崩れた唇から発せられた吐息が、甘美なる声と共に闇夜にゆっくりと溶けて行く。


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