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▼背中越しの恋物語(楠雄)

王子様がお姫様は結ばれて、幸せになる。
そんな恋物語が私は大好きだ。

心にときめきの余韻を残しながら、私は読み終えた文庫本をそっと閉じて窓に視線を向けた。

つい先日、梅雨入りだと天気予報で告げていたというのに、外はすでに真夏と見紛うばかりの日差しが照りつけ、早くも蝉が相方を求めて活動し始めている。

すっかり固まってしまった身体を解すために、ぐうっと片腕でもう片方の腕を頭の上に引き上げるように伸びをすると、背凭れにもたれかかった。
背凭れから伝わる温もりを感じながら、そっと目を閉じてみる。

耳で感じるのは、カリカリと紙に向かって鉛筆を走らせる音や本のページをめくる音。それと時折聞こえてくる、確かにそこに人がいる呼吸音。
この環境にあるものすべてが私を満たし、癒してくれる。

私は今、市営の図書館に来ている。
この蒸し暑い中、未だ扇風機一つで暑さを凌ごうとする我が家に嫌気がさして、常時エアコンを程よく稼働させてくれるこの図書館には避難してきたのである。
一番の目的は読書だけれど、やはり好きな読書も快適な環境が揃ってこそ捗るというものだ。

図書館には読書をしに来る人達だけではなく、今年受験を控えた学生も多く見受けられる。
明日には模試か何かがあるのだろうか...いつより多くの学生がおり、おかげで席は満員御状態だ。

席が空いてなければ仕方がない。
私は部屋の隅に設置されたふかふかのカーペットが敷かれたスペースへ足を運んだ。

この市営図書館はこのような事態を想定してか、机だけではなく寝転がりながら読書を楽しむことがあるスペースが設けられている。
私はその場所を見つけてからは、席が空いていようと空いていまいがそのスペースでのんびりと読書することが習慣になっていた。

あともう一つ、私がこのスペースを好む理由がある。
それが私の背中合わせの少年の存在だ。

彼は斉木楠雄くん、私と同じ学校...もとい、クラスメイトの一人だ。
彼も読書が好きなようで、ここによく足を運んでいるようだ。...彼はあまり自身のことを口にすることないから、あくまで私の所感ではあるが。

いつからこうなったかは私も覚えていないが、気付いた時には二人背中を合わせて読書をするようになっていた。
私が本に熱中して背中を丸めている時は、彼が背を伸ばすように私の背に寄りかかってくる。彼が背中を丸めたら私もまた同じことをする。

それがなんとも心地よくて、本に集中できるのだ。
普段、同じ教室内にいても雑談をしたりすることは一切ないのに、こればかりは私も謎なのである。

ただこれだけは断言できる。
お互い、今がそれぞれにとって一番居心地がいい状態であるということ。

私は読み終えた恋愛小説を傍らに置くと、ゆっくり振り返って背中越しに彼の本を覗く。
どうやらミステリー小説のようで、斜め読みしたところ丁度謎解きが始まった頃だろう。
私はミステリー小説には興味がない。ミステリーには必ずどこかしらに悲劇が存在するからだ。

次の本を取りに行こうと視界を移したところ、不意に視界に入ってきたのは彼の頸。
普段からあまり日の当たる場所にはいないのだろう。その頸は透き通るように白く、この部位だけ見れば女性だと勘違いする人もきっと少なくはないだろう。

今日は珍しく、その美しい頸に汗が一筋流れている。
そういえば司書のお姉さんが、最近エアコンの調子悪いって言っていたような気がする。
いつもは涼しいこの部屋も、外ほどではないが蒸し暑さを感じる。

普段、表情一つ変えない彼が流した汗はどんな味がするのだろうか...なんて。
興味半分、悪戯半分でその頸にそっと唇を寄せると、彼は振り向いて頸を押さえながら怪訝そうな表情でじっと私は見つめてきた。

頬がほんのり赤いのは暑さのせい?
それとも...。

恋愛小説の1ページ目を開くようなこの胸のときめき。
私達の綴る恋物語は、まだ始まったばかり。


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