みじかいはなし | ナノ

▼雪白の君(宗谷)

ぼくたちの国の 神さまの子供

彼をそう揶揄した少年の言葉がふと思い出された。

私の目の前を歩く青年。
彼の名前は宗谷冬司。

年若くして7大タイトル独占し、現在もなお将棋界でトップに君臨する存在。将棋に疎い私でもそのタイトルを聞けばいかに彼が凄いかはよくわかる。

そんな彼と川沿いの道を歩いている。
今日は近年稀に見る降雪で、視界一面白銀の世界と化していた。

目の前にいる彼の銀髪と白いコートには雪がうっすらと積もっていて、今にも雪景色に同化してこの世界から消えてしまいそうだ。
私が彼を認知する術は、彼の歩いた雪道に残った足跡。彼の存在を確かめるかのように足跡の上を踏みしめて前に進む。

「...宗谷さん?」

ふと、彼が立ち止まった。
きっと彼の音が消えたのだろう。

すかさず足早に彼の前に立って、私が先導するように雪を掻き分けるように進んで行く。すると立ち止まっていた彼の足音が聞こえてきた。

こういうことは日常茶飯事で、最初の頃はオロオロと狼狽えてしまったけれど、今ではすっかり慣れたものだ。
だから、ちゃんと暖かい格好をして傘もさして出掛けようと言ったのに。煩わしいと断られてしまった。
この状況が彼の病に起因するかは私の想像でしかないのだけれど。

ふと何気なしに振り返って彼を見れば、彼も同じタイミングで立ち止まる。
彼の淡い瞳がじっと私を見つめてくる。何を考えているかは私には想像もつかない。何も考えていないかもしれないし、私の想像以上に色々なことを考えているのかもしれない。

そういうところに恐怖する時は度々ある。
けれども、彼を見放すことはできない。
彼の天然気質にも原因はあるのだけれど、手放してしまったら、きっと私の元へは戻ってきてくれないと本能が私にそう伝えてくる気がするからだ。

彼は言うなれば猫だ。世間ではそういう心情を母性を駆られると表現するのが適切なのだろう。

「そういうところが狂おしいほど愛おしいのだけれど。」
「...酔狂な人だ。」

思わず漏れてしまった言葉に返された言葉に、ハッと振り返ると変わらず彼は私を見つめている。今は私の言葉なんて届かないはずなのに。

雪で身体はどんどん冷えていくのに、心だけが温かくなって行く不思議な感覚。

ふと思いついたように私は彼の隣に並ぶ。
表情だけわからないけど、瞳にかすかに狼狽の色が見えた。隣り合って並ぶことがないからだろう。そんな一面も私を魅了してやまない。

手袋を外し、彼の手を取って半歩リードする形で歩く。彼は私の手を振りほどかないし、握り返しもしない。様子を窺っているという感じなのだろう。

彼の手は冷え切っているけれど、少しずつ重ねた手にじわりと暖が宿るのを感じる。

彼もまた確かに、人間なのだ。


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