みじかいはなし | ナノ

▼歪で不安定な平穏

※楠雄暗め注意

電気もつけていない部屋。
窓から差し込む月明かりだけが、精巧に作られた人形がその場にあるかのように、だらりと脱力した状態で床に座り込む彼女を照らし出す。

「楠雄...おかえり、どこにいっていたの。」

彼女のために持ってきた夕飯を入れた袋を机の上に置くとゆっくりと彼女の元に歩み寄って、そっと片膝をついて見下ろす。
すると、だらりと垂れていた腕が僕の首の後ろに回された。首に触れた腕が冷たくて思わず小さく身体が震えてしまった。それを察したよさのさんは嬉しそうに口元に弧を描いて笑っている。しかし、その瞳は曇りきって僕さえ見えているのかもわからない。

「やっぱり貴方の傍が落ち着くの。心の声も聞こえない。怯えることも、繕う必要もないもの。」

するりと胸板に頬を寄せる彼女を何もせず見下ろしている。僕にはそれしか出来ない...その権利がないと言う方が適切だろう。

よさのさんは僕と同じ超能力者だ。だから、僕と同じように何でも透けて見える眼を持っているし、人の心の声も聞こえてしまう。
僕は人に対して早いうちから諦めを感じていたために心に大きな傷を作ることを未然に防ぐことができたが、彼女はそうではなかった。彼女はあまりにも純粋で、人が何よりも好きだった。それ故に壊れてしまった。僕が出会った時点で既にボロボロだと理解できるほどに。
彼女もまたこの呪われた力の被害者なのだ。

彼女は超能力で出来た傷を男を取っ替えひっかえすることで紛らわそうとしていた。その結果、幸せな時間もあったがいくらこちらが人に合わせて努力をし続けても、相手がそれに甘んじているばかりで失望させられることの方が多かったと、以前悲しげに語っていたのを思い出した。

「ねぇ...私にはもう楠雄しかいないと思うの。」

悲しげに囁かれた言葉が僕の胸に突き刺さる。
僕にだってよさのさんしかいないと思っている。超能力者として理解しあい、分かち合えるものは多くある。僕は彼女と言葉を交わす度に無くしたはずの感情が込み上げて、少しずつ僕と彼女の間に絆ができていった。

「ン...ッ」

触れた唇が熱い。ペロリと唇を舐める真っ赤な舌先が艶かしく僕を誘惑する。彼女はなぜそんな風に振る舞うのか。僕もまた、傷を癒すための材料の1つなのだろうか。
見えないからこそ知りたくなる。僕は彼女といる前だけは一般人で居られるような気がして酷く安堵する。

「もっとイイコト、しようよ。楠雄。」

彼女は僕に依存する。
僕もまた彼女に依存せずにはいられない。

とても歪で不安定な平穏、悪くはない。


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