みじかいはなし | ナノ

▼不器用な愛を君に

嗚呼、ψは投げられた 第52χより

「オレ、あきこちゃんが好きっス!」

顔を合わせる度に僕に突っかかるように、そのことについて告げてくるのはいい加減勘弁して欲しいのだが。そもそもなぜ僕とよさのさんが付き合っているみたいなことになっているのか、さっぱり理解できない。

確かによさのさんとは、他の女子とは比べ物にならないくらい共にいることが多かったが、それは燃堂と海藤も同じだ。もとい、アイツらがよさのさんと僕を強引に引きずっていくだけであって、僕達の間には何もないと思っている..,今はな。

今日も燃堂と海藤に散々連れ回された後の帰り道。
僕の前にはよさのさんが歩いている。普段僕が前を歩いて、彼女が後ろを歩いているのだが...僕は今考え事で忙しくて歩くのでさえ疎かになってしまう。
それも全てはあの鳥束のせいだ。今度腹いせに寺に邪魔しに行ってやるか。

ふと彼女の足音が止まる。僕もつられて止まる。
どうしたのかと僅かに首を傾げると、振り返った彼女の表情はどこか沈んでいた。生憎、僕にはなぜか彼女の心の中を窺い知ることができないからどうしたらいいのかもわからない。

しばらく硬直状態が続けば、彼女がそっと口を開く。

「..今日は楠雄くん、元気ないけど大丈夫?具合でも悪い?」

僕の心の中を風が吹き抜けて行ったように、何かが晴れていくのがわかる。最近、ずっとモヤモヤしていたものがようやくわかった。...僕は、なんという事に気付いてしまったのだろうか。

彼女は僕の些細な表情の変化を何を言わずとも読み取ってくれる。僕の周りには今までそういう人間は1人もいなかった。両親も含めてだ。
彼女は読み取るばかりではなく、僕の気持ちにも寄り添って応え続けてくれていた。言葉にすれば簡単なことだがやるとなってはそう簡単にできるものではない。
それについては前々から気付いていたが、気付かないふりをしていた。僕自身が認めてはいけないと、この感情を箱に閉じ込めて固く封をしていたからだ。

閉じ込めたはずの箱が、ガタガタと音を立てながら騒がしく僕の心を揺さぶってくる。

「本当に大丈夫?良かったら私の肩貸すけど...。」

これ以上彼女にそんな顔をさせてはいけない。何でもないと首を横に振れば、まだ顔色は晴れないが一応は納得してくれた様子。この理解の良さにもいつも助けられている気がする。

...いや、何でもなくはない。
前を向いて歩き出した彼女に向かって、自然と腕が伸びて行く。その手を止められなかった...そもそも止めるつもりが微塵もなかったのかもしれない。
僕はいつの間にか背後からよさのさんを抱き締めていた。

この時、彼女に触れて初めてわかった。
彼女の身体が思う以上に小柄であった事、柔らかくて暖かかった事が、彼女の纏う香りに酷く安心を感じられたことを。
そして、この腕に抱き締めた存在を手放したくはないと強く願うことを。

嗚呼...気付いてしまった。
僕はいつの間にか、彼女にどうしようもなく惹かれていたんだ。


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