▼耳かき
ようやくこの状況に持ち込めたのは数分前。
今、楠雄くんは私の膝に頭を乗せて寝転がっている。私は楠雄くんの初めてをいただくところなのだ。
初めてと言っても決して卑猥なことではなく、耳かきをするだけ。何でもできる楠雄くんだからこういうことも自分で軽々やってしまうのかと思いきや、根掘り葉掘り聴いてみると一度もしたことがないと言う。意外だ。
耳かきの心地よさをぜひ知ってもらいたくて、小一時間に渡りおねだりを重ねて、ようやく説得に成功し、耳かきをさせてもらえることになった...のはいいが、緊張で胸がドキドキ鼓動は早くなり、手まで震えて来た。
普段彼にこんなに近付くことは早々ないし、あのクールな楠雄くんが私の膝を枕にして身を委ねているのだ。貴重な幸運な状況に思考回路はショート寸前直近なところで、耳かきを握る手に温もりを感じて見てみれば楠雄くんの手が触れている。私の手よりひと回り大きくて楠雄くんも立派な男なのだと不覚にもドキッとしてしまう。
あきこ、そんなに震えていたら僕の耳が大変なことになる。身の危険を感じるようならすぐにここから離れるからな。
重なった手から流れ込むように伝わる楠雄くんの言葉に慌てて首を振って震えが止まるように深呼吸を繰り返す。何とか爆発してしまいそうになる気持ちを抑え込むとそっと耳かきで入り口から掃除を始めた。
何とも言えない擽ったさに小さくうっと声を漏らしたり、ピクリと眉を跳ねさせて顰める顔は...なんとも艶かしい。せっかく抑え込んだ気持ちを爆発させぬよう、耳かきをすることだけに思考を向けるよう取り組むことにした。
「どう?初めての耳かきは...最初は慣れないかもしれないけど、リラックスしてくれていいからね。」
この状態でどうやってリラックスしろと言うんだ。どうもこの状況で僕には落ち着く気分にはなれない。眼鏡も君に奪われてしまったからな。
楠雄くんは決して明確に話さないし、こちらに眼を向けてくれないけど伝えたいことは雰囲気でわかる。女の勘というものだろうか。ちなみに眼鏡は膝枕したら太ももに当たって痛いからと私が無理に外してしまった。楠雄くんはかなり動揺して眼を隠してしまったけれど、コンプレックスでもあるのだろうか。
そんな楠雄くんを余所に奥に潜む大物を見つけると、慎重に差し入れて取り除いて行く。つい気張りすぎて耳かきの先が奥に行ってしまったのか、楠雄くんが顔を歪めて身体が強張らせてしまった。
「ごめ...っ、つい奥にあったから。...大丈夫?これ取ったら反対やるからね。」
ブツブツと不満が聞こえて来そうなオーラに冷や汗をかきながらも、反対側の耳も丁寧に掃除していく。もう片方は上手くやれているようで彼の身体の力が抜けているのがわかる。ついでに寝息も聞こえ...。
「ね、寝息...?楠雄くん、寝ちゃった。」
彼が人前で眠るのは珍しい。彼は普段一日中気を張っていて、些細なことでも敏感に反応して対処してしまう。耳かきをさせてもらったり、寝顔を見せてもらったりと私は貴重な体験を二度もしてしまったらしい。
「寝顔、可愛い...ゆっくりおやすみなさい、楠雄くん。」
耳かきをそっと置くと彼の意外にも柔らかな髪をそっと撫でた。
- 6 / 13 -
▼まえ | もどる | ▲つぎ