※企画「サマバケ!」に提出させて頂きました
※お題は「最後の夏休み」



じりじり、もう夕方だというのに強い日差しがコンクリートを焼く音がする。静雄は額を伝う汗を乱暴に拭った。がさり、目の前で新羅がたった今コンビニからぶら下げて出てきた白いビニール袋が頼りなさげに揺れた。

「新羅ー、なに買ったの」
「ガリガリくんだよー」
「えっ安すぎ!ケチ!折角じゃんけんに勝ったのにさあ」
「うるさいなあ文句言うならあげないよ」

臨也と新羅の声が夕焼けに染まりつつある空の下でわあわあと響く。昼間より幾分温度の下がった空気は、それでもじっとりと肌に纏わり付いた。ぱたぱたとシャツを仰ぐ静雄の横で、門田も同じように鞄から下敷きを取り出し、ぺらぺらと生温い空気を顔に送る。ぺしゃんこな学生鞄を肩にかけ、男子四人はふらふらと帰路を歩いていた。これがあの校内で見かけたら最後、とまで言われている臨也と静雄の姿だと言われても、たぶん遠目には誰も信じないだろう。

「おい、新羅、早くよこせよ」
「静雄まで横暴な!」
「岸谷、アイスが溶けるだろうが」
「ええー、全くもう、買ったのは僕だよ」

じゃんけんに負けたのはお前だろ、と三人の声が一致する。茹だるような暑さはけだるく、それでも誰も早く帰ろう、とは口に出さなかった。喧嘩して、放課後はたわいもない話で盛り上がり、寄り道をしながらぶらぶらと帰る。まともな高校生には思われていない彼らも、その中身は他と変わらぬ、17歳の男の子だっだ。ビリリ、と包装紙を破り、角の丸くなり始めたソーダ味のそれにかぶりつく。しゃりしゃり、と夏の風物詩とも言える音が小気味よく鼓膜を揺らした。

「明日から夏休みだねえ」
「臨也はどこか行くの?」
「うーん、俺は受験しないけど、その代わり色々と忙しいんだよね」
「ふうん。静雄は?」
「…俺は就職すっから、まあたまに、学校行く予定だけど」
「ああ進路相談室?あの先生、来神最強とまで言われてる静雄の面倒良く見てるよねえ」
「おじいちゃん先生だからシズちゃんの顔覚えてないんじゃないの」
「おい、先生を悪く言うのはやめろよ」

静雄の前を歩く臨也が、器用に後ろを振り返りながら歩く。相変わらず歩みは遅い。静雄は臨也のからかうような台詞に少々眉根を寄せ、それでも黙ってアイスにかじりついていた。

「ねえドタチン、明日の補講の宿題見せてよ」
「……まだやってねえよ」
「うっそだー。だって今日の五限の時やってたでしょ、俺後ろから見てたもん」
「目敏いやつ。お前頭良いんだから自分でやれよ」
「頭良いからこそこんな簡単な問題やりたくないんじゃん」

半分ほどになったアイスを掲げ、臨也が面倒臭そうにため息をついた。運良く当てられなかった新羅と静雄は、二人の会話をぼんやりと聞きながらアイスをかじる。夏休み。補講。宿題。放課後。いつもなら夏休みが待ち遠しくてならないのに、そうかまだ補講があったか、と静雄はどこか安心して息をつく。また明日があるのだ。この気怠い空気に、まだ浸っていたかった。口には出さずに、静雄はしゃり、とシャーベット状になりかけたそれをかじる。

「のどかだねえ」
「んー…」

新羅がしみじみとした口調で呟くと、静雄も生返事を返した。溶け始めたアイスが手首を伝う。あ、と新羅が声を出し空を見上げた。つられて静雄も首を動かす。青と橙色のグラデーションに染まった空を、一本の飛行機雲が緩やかに伸びていた。なんとなくそれを眺めていた二人は、前方の友人へと声を投げる。おい、飛行機雲だ。ね、久々に見たよ。臨也と門田は暢気な友人の台詞に数回瞬きをし空を見上げ、そして感嘆の声を漏らした。空を分断する飛行機雲は、何とも言えぬ色に染まり、空に浮かんでいる。四人とも黙って見つめていた。誰も茶化す者などいない。あの雲が消えたら、そうしたら。ぼたり、食べかけのアイスが地上へ落下し、靴の先を濡らす。それすら気付かずに、大人のようで幼い彼らの瞳には、朧げで頼りない道筋が映っていた。高校生活最後の夏が、始まる。



fin.
(飛行機雲)(みーつけた!)

2010/09/15

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