序訓


 一つ、美しい刀身は白く滑らか。あまりの美しさに、心を奪われたものは肉体から魂が抜け落ちてしまったと聞く。
 一つ、封じられた刀は決して鞘から姿を現さない。かつて、黒き刀は艶やかな刀身で狂うほどに血肉を裂いたと聞く。血を求めるあまり、主をも切り裂いたと――。

 ――二つ揃えたならば、鬼の武器となるであろうよ。


序訓 鬼には金棒ではなく刀を。


 とある国にある、鬱蒼と木が生い茂った暗い森。獣が唸らず、鳥が歌わず、虫が鳴かない。風が草木を揺らさなければ、死んだように静かだった。
 ザッザッ……と、異様のもりに一つ、音が生まれた。ザッザッ……一定のリズムで奏でられる音は、――……足音。
 足音の目指す先はこの森の奥に、人知れずあるという村。……否、村であった場所。この村はすでに誰も住んでいない。人のいない村は、ただの"空間"でしかないのだ。
 ザッザッ……足音は相も変わらず一定のリズムで進んでいく。村の入口に差し掛かれば、暗い森に隠されていた足音の主の姿が現れた。

「ここに……」

 穴の開いた笠を深く被り、長いボロボロの薄汚れたかっぱに身を包んでいる。足を進める度に見え隠れするのは純白の美しい刀。その刀が歩調とは別に不自然なほど小刻みに揺れているのは気のせいではないだろう。
 然程広くはない村の中、時折足を止め、純白の刀に眼を落とし、また歩き出す。
 やがてたどり着いたのは古びた寺だった。中に入れば、歩く度に床が軋んで悲痛な声を上げている。しかし、そんなものには動じもせず、一歩一歩と踏み出して行く。僅かに足が早くなっているようだ。その足が止まったのは一つの部屋の前だった。
 障子の向こうに、"何か"いる。小刻みに揺れていた刀も、今は静かである。
 たった一枚の障子、今にも、その"何か"が突き破って襲いかかってきそうな、重い空気がのしかかってくる。タラリと汗が、蟀谷、頬、顎を伝って床に落ちていった。
 結ばれていた口元が自然と釣り上がる。
 スッと白い手が障子に手をかけ、ゆっくりと……開いた。まず眼に飛び込んできたのは、部屋の中央で威厳を示すように鎮座している骸だ。白骨となっても尚、座り続けている。そして、その骸を鞘に収まったまま貫いている"漆黒の刀"


「ああ……やっと、やっと!」

 歓喜に震える手で刀の柄を掴む。骸の眼があった空洞が恨めしそうにこちらを見ている。

「……ごめんね」

 勢い良く引き抜けば、骸は畳に崩れ落ち、バラバラとなった。転がった頭蓋骨が足元から見上げている。

「……」

 "漆黒の刀"を腰に納め、"純白の刀"を抜いた。眼を奪われる程の、美しいさ。発光するような刃が頭蓋骨の額を貫いた。そして、粉々に砕け散る。
 奪われた眼は帰って来ない……。すげ笠を持ち上げて、砕けた骨に向く眼は紫と朱であった。


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