私に、君に、幸あれ。
 森の中には車が通るわけでもないというのに道路標識があちこちに刺さっていた。道という道がないこんなところになんの意味があるのだろうか。それとも、意味なんてないのだろうか。太陽が沈み始めた空は、奇妙な茜色をしていた。

「どうします? 暗くなってから進むと危険ですよ」
「……懐中電灯とかないですしね」

 何か、凶暴なデジモンに襲われでもすぐに対応はできない。

「におう……、においまっせ! 真水の匂いや!」

 真水の匂い、か……。デジモンにしかわからない特別な感覚があったりするのだろうか。

「あーっ! 飲み水確保や! 湖! 湖でっせ! あそこでキャンプしまへんか!?」
「あたしサンセー! もうこれ以上歩けない……!」
「俺も今日はここまでした方がいいと思う」

 その"人"探しがあとどれくらいの期間続くかわからないのだ。無理に進んだところで明日に疲れが残っていては意味がない。早めに休んだ方がいいいだろう。

「皆疲れて腹も減ってきたしなぁ〜」
「よし! 今夜はあそこでキャンプだ!」

 テントモンに道案内されるまま、森の中を進んでいく。たどり着いた湖はなかなか大きいものだ。なぜか、湖の中から鉄塔がいくつも突き出ているのが気にはなるが。

「ここならキャンプに最適ね!」
「ねぇ! キャンプってつまり、野宿ってこと?」
「ま、そうなるな」
「うそ〜……!!」

 ミミの嘆く気持ちはわからなくもない。キャンプセットを所持していないキャンプはイコール野宿だ。まさかそんなサバイバル体験を生きているうちにするとは思ってもみなかった。

ブゥ……ン……!

「?」

 なんの音かと辺りを見回せば湖にある小さな陸地にぽつねんと置かれた路面電車だ。

「ライトがついた!」
「路面電車だぁ!」
「どうしてこんなところに……?」

 線路があるわけでもない。ただそこに、まるで捨てられたかのように置き去りにされた路面電車。誰か人がいるかもしれないと、駆けていった面々を見送りながら、若葉はゆっくりとその後を追う。路面電車は見るからに新しいもののようだ。ロールサインには"竜の目の湖"と書いてあった。

「あ、若葉ちゃん!」

 ぼう、っと路面電車を見上げていると中から降りてきた空が若葉に駆け寄った。

「今から食べ物を集めることになったの。若葉ちゃんは光子郎くんとタケルくんと一緒に魚を釣ってもらえる?」
「はい」
2017/08/11


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