衝撃的プロポーズ大作戦「働いてる人ってさ」
かっこいいよね、とわたしが言えば、緑間くんは不思議そうに顔を上げた。
何度でも言おう。
働いてる人って、かっこいい。
「まあ、無産市民なんて生きる価値が無いからな」
「またそういう事仰る」
だってそうだろう、と緑間くんは言った。数学の問題が魔法みたいに解かれて行く様を眺めながら、何て綺麗な指なんだろうと思った。
緑間くんは気付いてないかも知れないけれど、彼の指は本当に綺麗だ。
そこらにいる女の子なんかよりも、ずっとずっと。
走らせるペンを握る左手はいつもテーピングが施されていて直接拝める事は本当に少ないけれど、今日はラッキーな事にそれが無かった。さすがおは朝。よく当たる。
ポケットに忍ばせた今日のラッキーアイテムの熊のキーホルダーをこっそり転がせば、緑間くんが再び口を開いた。
「いきなりどうした。バイトでもするのか」
「んー…いや、バイトしたいけど踏み切れないと言いますか…わたしなんかに出来るのかなあと…」
「そんなもの」
やってみなければ分からないだろうと彼は言う。
そうだね。でも緑間くんは頭も良くて運動もできるから、そんな事が簡単に言えてしまうんだ。
わたしは頭も良く無いし、運動だって、それどころか得意な事が何一つ無い。
だからこうして、言ったところでどうにもならない事を緑間くんにグチグチ話してるわけだけれども。
「わたし、将来働けるのかなー」
頬杖をついて、窓の外を眺めた。
緑間くんのシャーペンが紙の上を走る音だけが教室に響く。
「選り好みしなければ、誰でも働けるだろう」
「んー、なんだろ。働く場所はともかく、「働く」事がちゃんとできるのかなって」
「ああ…」
合点がいった様に緑間くんが頷く。
何かを考え込む様に伏せられた瞳を縁取る睫毛がそれはそれは長くて、思わず見とれてしまった。
緑間くんもいつか社会人になって、どこかの企業に雇われるのだろう。
そうしたらそこでもきっと、彼の才能が存分に発揮されて、その働きに見合った分だけのお給料を貰って。
そのお給料は、いつの日か緑間くんと生活を供にする誰か素敵な人と二人で半分こになって。
「緑間くんは真面目だからきっと沢山お給料もらえるね」
「また中々にえげつない話だな…」
「だってさ、そんなに遠くない未来だよ?結構」
自分でそう言ってしまえば、本当にそうなるまでには時間が残されていないのだと知る。
「緑間くんは大学進学だっけ」
「ああ」
「わたし、就職するんだ」
息を飲む音が聞こえた。それはわたしの目の前に座る緑間のもので。
一度も見せたことの無いような顔をして、緑間くんはわたしを見つめる。
やだ、恥ずかしいじゃんよ。あんま見つめるなって。
茶化そうにも彼の雰囲気はそれを許そうとはしなかった。
どうしてしまったのだろう。
「就、職…」
やっと聞こえて来たのは、絞りだした様な小さな声だった。
それが緑間くんから発された声だとはあまりにも思えなくて、つい笑ってしまう。
「あはは!バイトもしたこと無いのに、おかしいよね!!」
頭をバリバリかきながら、ガハハと笑う。うん。わたし何やってんだろ。ていうかもっと可愛らしく笑えないのか。こんなんで、社会でやっていけるのかな。
こうして今もまた、緑間くんに答えを求めてる。
緑間くんは優しいから、きっとわたしの望んだ言葉を返してくれる。
そんな確信があるから、ずるくて弱いわたしはそれにいけしゃあしゃあと付け込むんだ。
でも、彼の言葉は予想していたものと百八十度違うものだった。
「バイトも出来ないような奴が、ぱっと出でやっていけるとは思えないな」
かりかりとペンが走る音が止まない。
それがやけに鋭くて、鼓膜を突き刺すように感じた。
そうかー。わたしは緑間曰く「無産市民」になってしまうのか。
やっぱり人に頼ってばかりだから、こうなったんだろうな。
緑間くんが怒るのも、そりゃ当たり前だ。
わたしは一体何を期待していたんだろう。
何故だか涙が込み上げてきて、悟られないように急いでそれを拭った。
そうだよね!やっぱりね!と笑い飛ばすつもりだったのに、何してんだわたしの涙腺。
馬鹿なわたしは、涙腺まで馬鹿になってしまったのか。
次から次へと零れる涙を懸命に拭っていたら、ピタリとシャーペンの音が止んでいる事に気付く。
ふと前を見れば、しん、とわたしを真っ直ぐに捕える瞳があった。
「何も生み出せない無産市民は、せいぜい働く者の恩恵に預かるが良いのだよ」
ぴしゃりと言い放った彼の言葉のほんとうの意味を理解するまで、あと三秒。
衝撃的プロポーズ大作戦
「緑間氏、それはどういう…?」
「せいぜい俺が社会人になるまで野たれ死んでくれるなよ」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
緑間氏一世一代の大プロポーズ的な
働かないなら嫁に来れば問題ないじゃないとかナチュラルに言いそうだから真ちゃんて人は…!
prev|next