※現代パロディ。バレンタイン話。












「鶴丸先輩はバレンタインチョコを口にしない」

それが、この学校に通う全生徒の共通認識だった。



鶴丸 国永、という男がいる。
高校2年生の非常に顔の整った男で、容姿端麗、眉目秀麗という言葉は彼のためにあるんだろうなと思うような美丈夫だった。見ようによっては白銀にも見える白髪の持ち主で、それを彩るかのように鮮やかな琥珀色をした瞳を顔の真ん中に持っている。
そんな彼がモテないなんてことはなく、彼は常日頃から非常によくモテた。よく知りはしないけれど、噂では毎日告白の呼び出しを食らっているのだとか。そんな彼に、彼女という存在がいるという噂は、私が知り得る限りでは一度だって無かった。だからこそ、毎日告白が絶えないのだろうなと思う。

「よっ、君。今帰りかい?」
「鶴丸先輩……、」

そんな彼とは、同じ部活動を共にする仲間であり、先輩と後輩だった。
先輩と私は電車通学で、最寄り駅こそ違うものの、同じ路線を利用しているため度々帰りが一緒になることがある。今日もいつものそれで、駅までの道のりを歩いていれば、後ろから声がかけられた。
部活の先輩後輩という関係なだけあって、私と鶴丸先輩の関係は比較的良好だと言えると思う。

決して鶴丸先輩を狙って入ったわけじゃない。入った部活に、たまたま鶴丸先輩がいたのだ。
鶴丸先輩は4月の部活紹介には出ないし、仮入部期間が終わるまで部活には顔を出さない。仮入部期間を終えてから、ようやく1年生は鶴丸先輩の所属する部活を知ることになるのだ。
よく考えなくても分かることなのだが、恐らくは鶴丸先輩狙いの1年生を上手く分散させるための一つの手段なのだろう。上級生も鶴丸先輩が何処の部活に所属しているか聞いても、決して口を割ることは無かったという噂なので、この学校における暗黙のルールのようなものなのだと思う。
それでも、憶測は飛び交うもので、対してやりたくもない部活に所属して鶴丸先輩に出くわす可能性だってある。けれど、少なくとも今の部活にはそんな不埒な輩はいない。……いない、というよりはいなくなった、という方が正しい。
鶴丸先輩は非常に部活に対して真摯な人で、不真面目な気持ちで部活をこなす人には容赦が無かった。それはもう、本当に鬼のようだと思った。
約一年前の出来事を思い出して、今でも背中が震える思いだと言えば、少しは伝わるのだろうか。

「最近寒いなあ」
「そうですねえ。どこかの県じゃ、大雪で凄く大変なことになってるって聞きました」
「はは、随分大雑把な情報だな、そりゃ」

その時、鶴丸先輩が持っている紙袋ががさりと音を立てる。落とさないように、持ち直したらしい。
自然と視線がそこへと向いて、中に入っているものが綺麗にラッピングされたお菓子たちだということに気が付いた。

「……バレンタインですか」

明日は2月14日だものな、と私も既に準備してある義理チョコやら友チョコやらの存在を思い出してしまえば、自然と言葉が漏れ出る。

「ああ……、これか。うーん、まあ、そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
「どっちなんですか、それ」
「渡してくれた子達の中ではバレンタインであってそうじゃないんだろうなあ。多分、当日じゃないからセーフ、みたいな」
「ああ……。それだけで察しました」

バレンタインであって、バレンタインじゃない。
その言葉の真意は、先輩の口から全てを聞く前に察することが出来てしまった。
「鶴丸先輩はバレンタインチョコを口にしない」
これはこの学校ではとても有名な話で、鶴丸先輩と同学年の2年生は勿論、その上の3年生だって、更に言えば今年度入学したばかりの私達の学年にだって伝わってきている噂だった。
貰ってはくれるものの、お返しに期待はしないで欲しいと言うし、告白を受け入れることなんてもってのほか。後日味の感想を聞いてみても、手作りだろうが市販品だろうが曖昧に誤魔化されるばかりで、まともな言葉が返ってきたことは一度も無いのだという。しかし、それ以外の日常で差し出される市販品のお菓子(ポッ○ーとか、キット○ットとか)は、普通に笑って受け取って食べてくれるらしい。だからこそ、こんな噂が立っているのだろう。
そうして辿り着いたのが、「バレンタイン」チョコでなければいいのではないか、という考えなのだと思う。当日に渡さなかったり、はたまたラッピングされていなかったり。創意工夫は各々違うだろうが、バレンタインと銘打たなければワンチャン……!!鶴丸先輩狙いの女の子たちは大抵そういう考えに行き着くからこそ、こんなことになっているのだろう。
先輩も大変だなあ、と他人事ながらに感じる。

「……ま、どっちみち口にはしないんだがな」

そう言った鶴丸先輩の目は死んでいて、どうやらこの噂は本当らしいと確信する。
それと同時に、多分どれだけ早くに渡しても警戒して食べないんだろうということもなんとなく伝わってきた。もう半年以上前とか、本当に鶴丸先輩が思いがけないようなタイミングで渡すしか無いんじゃないかな……。それでも、手作りは基本食べなさそうな感じだなあ……。
一体、先輩は過去にどんな壮絶なバレンタインを送ってきたのだろうか……。私の短絡な脳みそでは、上手く想像することは出来なかった。

「じゃあ、明日は一つ要らないなあ」
「うん?何か言ったかい?」

紙袋から視線を逸らした後に呟いた私の声は、どうやら聞こえなかったらしい。
鶴丸先輩は不思議そうに小首を傾げて可愛らしく私に尋ねてきたけれど、なんでもないですよ。と笑って誤魔化した。



そうして来る2月14日。
鶴丸先輩に渡す人も、そうじゃない人に渡す人も、学校中がきゃいきゃいと色めきだった雰囲気を醸し出していて、こんなんでよくこの学校はチョコ禁止令を出さなかったなと思う。
この学校には鶴丸先輩以外にもイケメンが揃っているから、余計だった。
もうほんと、凄い。
一体いつから流行りだしたのか、友チョコという文化が出来てからは男女間のそれだけではなくなり、女の子同士でもきゃいきゃいとした楽しげな黄色い声が飛び交うようになったため、どこもかしこも甘い匂いで充満していた。
教室も、廊下も、挙句は職員室まで。全国のチョコというチョコが、この学校に集結しているような錯覚さえ覚える程だった。
かくいう私だって、そんな女の子達の仲間入りを果たすのだから、強い文句は言えやしないのだけど。
……さて、まずはクラスメイトの女の子達にでも配るとしよう。



「お疲れ様でした!」
「「「お疲れ様でした!!!」」」

バレンタインデーにだって部活はある。初めは甘い匂いを漂わせながら始まった部活も、終わってしまえばそんな匂いは一欠片もなく。ただただ道場と汗の匂いが交じる、ひたすらに青春のような匂いしか残っていなかった。
部活終わりに、同じ部活の子達がまだ渡し終えていない先輩や同級生に渡すところを見なければ、今日がバレンタインだということは忘れてしまいそうになる程には。
私は部活が始まる前に全員に渡し終えているから、あとは帰るだけだ。どうせ残っていたってだらだらとお喋りが続くだけだろうし、何より道場は寒い。当たり前だが暖房器具が無い。
それなら、さっさと帰って、家の暖かさに包まれたい私は、挨拶もそこそこに帰途に就こうと、道場のドアをがらりと開けた瞬間だった。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ君!!」
「うわっ!?……鶴丸先輩?」

急激に後ろから強い力で引っ張られて、思わず二、三歩たたらを踏む。
その正体は鶴丸先輩で、どういうわけかまだ道着のままだった。見ているこっちが寒さで震えそうだ。そんな先輩は、何故か酷く焦った顔をしていた。

「君、俺にチョコは無いのか!?」
「……は?」
「だって、今日はバレンタインだろう!?」
「え、えぇ〜……??」

一体焦った顔で何を言い出すのかと思えば、バレンタインチョコのことだった。
貴方、昨日自分でバレンタインチョコは食べないって言ってたじゃないですか。それなのに、私にチョコを強請るというのか。何を言われているのか、私ちょっと理解できない。
中途半端に開いたドアの隙間から入ってくる風が、酷く冷たい。

「君、俺以外の部員には全員渡してたじゃないか!カップケーキと、クッキーを!」
「うわ先輩目ざといですね、怖い……。いやでも、だって、先輩、昨日はバレンタインチョコは食べないって言ってたから、数に入れてないんですよね」
「!!!う、嘘だろ、君……」

鶴丸先輩が、綺麗な琥珀色の眼を落っことすんじゃないかなって思うくらいに目を見開いて驚く。それは今までに無いくらいびっくりした表情で、普段飄々としている先輩でもこんなに驚いて、ショックを受けることもあるんだな、と心の片隅でぼんやりと思った。
唯一の誤算は、それをさせているのが私だってことだ。

「こんな驚きは要らなかった……」
「そんなこと言われましても。だったらなんで私に昨日あんなこと言ったんですか……」
「いや、それは、そのだな……」
「それに、どうせ捨てちゃうのに欲しいんですか?」
「欲しい!!!ていうか君のはちゃんと食べるつもりで!!」
「えぇー……、ほんとですか?」
「ほんとだ!!」

理由は何故だか分からないけれど、必死になってバレンタインのチョコを欲しがる先輩は、私の中にある小さな悪戯心を非常に刺激した。
まるで、小型犬が飼い主に構ってほしくて必死にきゃんきゃんと鳴く姿を連想させる。
そんな先輩の姿に、思わず小さな笑いがこみ上げた。

「……ふふ、あはは。先輩、案外可愛いんですね。嘘ですよ、ちゃんとあります。鶴丸先輩の分」

はい、どうぞ。
そう言って紙袋から正真正銘、最期の一袋。鶴丸先輩の分を目の前に差し出せば、またしても鶴丸先輩は大きく目を見開いて驚いている。
昨日、あんなことを呟いたものの、一応は準備して持ってきていて正解だったなと思う。まさかこんな風に強請られるとは思いもよらなかったけれど。
バレンタインの袋を受け取った鶴丸先輩は、すぐに今度はぶんぶんと尻尾を振る大型犬に早変わりだ。ぱあっと表情を明るくさせ、「有難う、君!」とはにかむのだから、これを可愛いと言わずしてなんと言うのだろう。
少なくとも、私の目にはそう映った。

「しかし君、先輩をからかうなんて酷いじゃないか。本当に貰えないのかと思った」
「それは先輩も悪くないですか?昨日あんな話しといて、急にくれ、だなんて」
「ぐっ……」
「……まあ、なんだっていいですけど。その代わり、ちゃんと感想、聞かせてくださいね」
「ああ、任せておけ!それに3倍返しのホワイトデーだ、お返しも期待しといてくれよ!」
「?はーい」

この時の先輩の言葉を完全に理解するのは、一ヶ月後のホワイトデーのことだった。


 

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