※ちょっとだけ2015年ハロウィンイベの話が出ます








その日は雨だった。雨と言ってもそんなに本降りな雨ではなくしとしとと降ってくる類のもので、もし傘のない人がいれば走って帰ってもいいかな。なんて思えるぐらいの。言い換えれば情緒のある、趣のある雨、とでも言うのだろうか。
そんなことは置いといて、俺―葵 ゆうたは雨の日にはバスを利用して夢ノ咲学院に登校してきている。普段は徒歩でアニキと一緒に登校しているのだけど、雨の中を長々と歩くのは不快指数が上がるからという俺の意見でバス通学をしていた。だから当然帰りもバスなわけだけれど、俺の隣にアニキの姿は無かった。今日は2winkとしてのレッスンは無いけれど、なんでもアニキだけあんずさんに特別レッスンを組んでもらっていたらしく、それの為にアニキは今夢ノ咲学院に残っている。アニキだけずるい!とあんずさんに詰め寄ったのだけれど、ひなた君と二人でって約束してるから……。と困ったように眉を下げられて、そんな彼女に対して強く言うことも出来ずに渋々引き下がってきた次第である。アニキには帰ってきたら拗ねた態度を取ることを固く誓って、帰路についていた。まぁ、そもそも今日の食事当番は俺なわけだから、何をどう足掻いても早く帰らなければならないことは決まっていたんだけど。
どんよりと曇った鈍色の空が、今の俺の気分を表しているようだな。と安っぽい陳腐な感想を抱いてから、大きな溜め息を吐き出した。

暫くバスに揺られていれば、とある停留所付近でバスがゆっくりと徐行していくのに気がついた。降車ボタンの音がしなかったから、誰か停留所で待っているんだろうな。と簡単な推測を立ててから乗車口付近をちらりと伺う。そこでタイミングよく開いたドアの向こうから見えたのは、この付近にある公立高校の制服を着た女の子だったのだが、それを見てほんの少しだけ目を見張った。どうせお年寄りだろうなぁ。と高をくくっていたから、という理由もあるのだけれど、彼女の髪や服がしっとりと濡れていたからである。彼女の手には傘は握られていなくて、あぁ忘れたのかなとも思ったけれど、今日は朝から雨が降っていたし忘れるなんてことは無い筈だと思い直した。では何故?とまた疑問に思ったけど、別に聞く機会があるわけでも無いし、一生解決されることの無い疑問なんだろうな。と思ってその思考は頭の隅に追いやった。
外では、少しだけ雨の勢いが増していた。


***


プシュー、と背後でバスのドアが開く音がやたら耳に付いた。バスが過ぎ去った後、ざあざあと少し前に本降りになってしまった大きな雨音が次いで耳に入ってくる。それから、俺はちらりと隣に立つ彼女のことを見遣った。

「……」
「……」

関係ないと思っていたのに、何故か同じ停留所でバスから降車してしまった俺達は一言も発さず、何もアクションを起こさずにただ立ち尽くしていた。まぁ、俺は傘は持っているのだし関係の無い他人だし、さっさと帰ってしまえばいいのだろうけど、このまま同い年くらいの女の子を放置していくのもなぁ。と思ってその場から動けずにいた。……まぁ、此処で降りたということはこの付近に住んでいるのだろうし、少しくらいなら遠回りしてしまってもいいだろう。このまま放置して帰ったら、多分後で気になって仕方が無いと思うから。

「あの、」
「……?はい」
「家、この辺ですか?良かったら送っていきますよ。と言っても、傘は一本なので相合傘が嫌じゃなければですけど」

まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。俺が声を掛ければ、不思議そうに首を傾げて返事をした。多分、此処に居るのが俺と彼女の二人だけだから、理由は分からないけれど多分私に話しかけているのだろう。ぐらいの気持ちだと思う。俺だって逆ならそう思う。

「え、いや、そんな、悪いのでいいです。貴方の傘なんだから、貴方が使ってください」
「そう言われてもなぁ……。流石に女の子一人を置いていくっていうのは、中々気分が悪いんですけど」
「私に言われても」

いきなり話しかけてきてきては、送るという俺に女の子は不信感丸出しで少しだけ眉を潜めながらも、会話のキャッチボールはしてくれていた。これじゃUNDEADの羽風先輩と変わらなくないか?と思うけれど、会話すらしてもらえないあんずさんと羽風先輩の現状よりはマシだと思った。

「……じゃあ、この傘置いて行きますね。使うか使わないかは貴方に任せます」
「えっ」
「俺は此処から家が近いし、走って帰るので大丈夫です。俺が勝手にしてる親切心なんで、気にしないでください。……それじゃあ!」
「ちょっとっ!?」

このまま送ると言っても多分この人は聞かないだろうなぁ。と思ってもう強硬手段に出ることにした。もはやこの行動は自己満足以外の何物でもない。それで俺の自己満足が満たされるならなんだって良かった。
適当にベンチに傘を引っ掛けてから、彼女が驚いた声を上げて引きとめようとしているのを振り切って駈け出した。
雨の中長時間歩くのが不快だなんだと言い出したのは俺だったくせに、こうしてそれを超えることをしているんだから、自分のことを存外お人好しで、男子高校生だなぁ。と客観的に見つめて思った。
……あぁそうだ、また新しい傘を買うのと、兄貴への言い訳を考えないとなぁ。




「あぁ、やっと会えた」
「えっ」

あの日から暫くして、今日は夢ノ咲学院のハロウィンイベントの当日だった。俺とアニキは学院の入り口で悪魔のコスプレをしながらお客様達に説明をしながら客引きをしていれば、俺の目の前に知った顔の女性が立っていた。知った顔と言っても一度会ったきりで、二度と会うことはないと思っていたんだけど。

「何々?ゆうたくんってばいつの間にこんな可愛い子捕まえてたの?」
「アニキはややこしくなるから出てこないで!」
「……ほんとにそっくりなんだね。びっくりした。葵ゆうた君とひなた君だよね?」
「そうですけど……。調べたんですか?」
「うん、やたら顔が良かったからそうなのかなぁって思って友達に聞いたら一発だった。まぁ、いいや。はい、これ。ちゃんと返したからね」

そう言って目の前の彼女はあの日俺が渡した傘をずい、と手元に押し付けてきた。これの為にわざわざ今日は此処まで出向いてきたのだろうか。律儀な人だなぁ。と思う。

「え、あぁ、どうも……。そうだ、折角なんですから夢ノ咲のハロウィン参加していってくださいよ!楽しいですよ!」
「えぇ……。そもそもゆうた君に会えそうな日がこの日しか無かったから渋々来ただけだし……。好きなアイドルもいないのに入ってもなぁ」
「じゃあ俺が案内しましょうか!」
「アニキナイスアイデア!俺達が案内しますから行きましょうよ!」
「レッツゴー!」
「え、ちょっと、待って」

渋る彼女の両腕をアニキと片方ずつ包囲して、彼女を引っ張って衣装の置いてあるスペースへと歩き出した。

「あ、そういえば名前はなんて言うんですか?」
「……今更だなぁ。城田 結だよ、2年生だから敬ってね」
「結さん、ね。じゃ、一名様ご案内〜!」

   
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