お風呂から上がって、濡れた髪をタオルで吹きながら自室へと戻ってくると机の上に放置していた携帯の電話を告げるランプがチカチカ点滅しているのに気が付いた。それが、その色が彼だとすぐに分かるように家族や友人と違うように設定した色だったから、慌てて携帯を引っ掴んで確認すると、まだコールは続いているようだった。すぐさまボタンをタップして携帯を耳に当てる。

「もしもし?」
「よう、出んのおせーよ」
「お風呂入ってたの。……埼玉で合宿中でしょ?どうかした?」

電話の相手は勿論鉄郎で、一日ぶりに聞いた彼の低い声が鼓膜を揺らす。それをくすぐったく感じながら、用件を尋ねると「特に用はねぇよ」と返って来た。そういうどうでもいい感じの電話は、滅多に、というか今まで一度も掛かってきたことが無いから吃驚した。電話で満足しようと思う程、私達は頻繁に会えてないわけじゃないっていうのが一番大きな要因だと思う。寧ろ同じ学校なんだから頻繁に会わない方がどうかしてるっていうものだ。
そんな彼は、現在埼玉県にある森然高校という所で強化合宿を行っているらしい。なんでも東北の方からも今年は合宿に参加するらしい上に、その高校が因縁の相手らしいから皆結構張り切って行っていたのをぼんやりと思い出した。

「あぁ、そういや結」
「何?」
「あのゼリーの差し入れ、お前だろ」
「……そんなまさかぁ」
「嘘つくな」
「……ハイ、私でございます」
「やっぱりな」

あっさり事実を肯定すると、鉄郎はくつくつと喉を鳴らして笑った。
思い出したように鉄郎が呟いた言葉は、私の中では触れて欲しくない話題だった。一度はボケてみたものの、全て分かってるんだぞという副声音が聞こえてきそうな鉄郎の言葉によりあっさりと吐露してしまった。というより、触れられないように鉄郎には言わないでこっそり埼玉まで行ったのにどうしてバレてるんだ。マネージャーのいない音駒高校を手伝ってやろうかと申し出たら、何故だか合宿開始前に、絶対に合宿先には顔を出すなよ。と言われていたからこっそりにしたのに。

「お前、夜久には伝えてただろ」
「え?あぁ、うん。流石にいきなり差し入れ持って行かれてもどうかと思って、夜久君に連絡を……」
「その夜久がゼリー受け取る時にすげぇニヤついた顔してたからさぁ、そうかと思って」
「……ああぁあ……、夜久君なんてことを……」

どうやら私は事前に伝える相手を間違えたらしい。そういえば、夜久君はどちらかと言えば、野次馬根性があったことを今更ながらに思い出す。そんなあからさまにニヤつかれたら、勘のいい鉄郎はすぐに分かるだろうに。……もしや夜久君わざとじゃないだろうな。

「伝える相手を間違えたな。まー、多分どの連中に伝えても最終分かっただろうけど」
「あぁ、うん、何と無く把握」
「つーか折角来るならいっそ手伝ってけよ」
「はぁ?鉄郎が事前にあれだけ来るな来るなって言ったんじゃん」

突然何を言い出したかと思ったら、数日前と正反対の言葉を言う。あれだけ念入りに言われれば、何か見て欲しく無いものでもあるのか。ぐらいには考える。だから、私は体育館方面に行かなかったのに。私だって会いたいの我慢してたのに、そんな急に言われても。

「まぁ、そうなんだけど。いっそ来るなら会いたいだろ」
「……」

するりと滑らかに、それでいて不意を付くように鉄郎は私も思っていた言葉を吐き出した。あまりにも自然と吐かれたものだから、照れる間もなく、暫く真顔になってしまう。そして、じわじわと恥ずかしさがこみ上げてくる。……これが音駒バレー部主将の「しなやか」さか。

「今照れてるだろ」
「うっ、煩いな。鉄郎がいきなり変なこと言うから」
「だって一週間だろ?一週間結に会えないとか無理」
「……じゃあ素直に手伝ってくれって言えば良かったのに」
「それとこれとは話が別なんだよ。……あー、会いてー」
「……」

これ見よがしに会いたい会いたいと言われて、会いたくならない彼女が何処に居るのか。きっと居ないと思う。それに元々会いたいと思っていたのだから、余計にである。

「しょうがないから、明日から手伝いに行ってあげる」

くすりと笑みを一つ零してからそう言えば、鉄郎は満足そうな声で「上出来」と笑った。

「じゃあ、私も明日から合宿所泊まっていいの?」
「は?通いに決まってんだろ」
「は!?交通費馬鹿にならないんだけど!」
「なんで他の男にお前の私生活にも似たようなとこ見せなきゃなんねーんだよ。そこは俺の特権だろ。あと宿泊費払ってねーし」
「……」

彼のしなやかさには、到底敵いそうもありません。

   
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