「あ、黒田君。お疲れ様」
「……」
「これドリンクとタオルね」
「……っす」

部活で一登りして帰ってくると、結さんが俺に気付いてドリンクとタオルを渡してくれる。それに対して決して良いとは言えない態度で返事を返して、それらを受け取った。結さんは、へらっと笑って他の部員の所へ駆けて行った。


城田 結。荒北さんの幼馴染で、よく荒北さんについて自転車部へと顔を出している先輩。マネージャーというわけでは無いが、よく来ている内に仕事を覚えたらしく顔を出しに来た日はマネージャー業を手伝ってくれている。少々粗相が悪い荒北さんの幼馴染とは思えない程、よく出来た人である。一時期グレていたらしい荒北さんを見捨てもせずに、変わらず接し続けたという。……とまぁ、そんなことはどうだっていい。
俺は、結さんが苦手である。初めは荒北さんの幼馴染という理由で、嫌っていた。昔俺は荒北さんが嫌いだったから、その幼馴染だからという何とも身勝手な理由で、である。けれど荒北さんを見直す、というか尊敬できる事を知る機会があって荒北さんへの態度は改めたが、そういう接点が一度も無かった彼女はそのままの感情が根付いてしまった。刷り込み、というやつだろうか。別段嫌になることをされたわけでもないのだが、どうにも苦手なのである。結さんに失礼極まりないのは、重々承知している。
だから、先程のように良いとは言えない態度を結さんに取り続けてしまっている。心から苦手だと思っていないのに、一種の条件反射のようなものになってしまったのかもしれない。その素っ気ない態度で、俺が結さんのことをよく思っていないのは多分本人も気付いていることだと思う。あんなにあからさまなのだから、気付かない方が可笑しい。それでも、結さんは俺にも他の部員と変わらず接してくれる。それが、少しだけ心に痛い。……いっそ、分かりやすく嫌ってくれた方がマシだというものだ。

「はぁ……」
「溜め息吐くと、幸せ逃げるよ」
「っ、結さん」
「ふふ、ビックリした?」

溜め息を吐くと後ろからひょっこり現れた結さんに驚いた。慌てて身を引く。……見た所、手に何も持っていないようなのでどうやら先程部員に持っていったドリンクやらは全部渡し終えたようだった。声を掛けられるまで結さんの事を考えていた分、驚きが倍増し心臓がドクドクと早く鼓動しているのが分かる。

「?ドリンク飲まないの?登ってきたんでしょ?」
「え?あ、あぁ、はい、飲みます」

手元にあるドリンクが、飲まれた様子が無いことを不思議に思ったのか首を傾げて結さんは尋ねてきた。それにぎこちない返事を返しながら、ボトルのドリンクを飲むが全く潤いは感じられなかった。というより、益々乾きを覚えたような気さえする。何をこんなに緊張しているんだ、と自嘲したくなる。

「あー……、えっと、」
「……?」
「その、来年になっても、インハイ見に行くから。だからその、今から一年間、もっとペダル回していけばいいんじゃないかな……。ってなんか違うな、うーん……」

突然口を開いて、何を言い出すかと思えば言いづらそうにするものだから思わず首を傾げる。そして出てきた言葉がこれなものだから、益々意味が分からなかった。
来年?インハイ?今から一年?

「……そういうことっすか」

出てきた単語から予測してみると、なんとも単純な話であった。今年のIH出場メンバー決定レースで、年下の真波に負けたことを遠回しに慰められているのだ。別に、今更そういうことを言われても何も感じないのだが、この人が一生懸命頑張れって言葉を言わないようにしているのが伝わってきて、少しだけ笑えた。俺は、荒北さんじゃない。
けれど俺が一線を引いているのに気付いていながらも、こうやって歩み寄って来てくれる結さんに、何もしないのは癪だった。だって、別に俺は結さんの事が心から苦手なわけじゃないし、そもそも結さんのこと何一つ知らないのに決めつけるのは良くないと思ったから。

「うー……。ごめん、黒田君、今の忘れて。ごめんね」
「結さん」
「……黒田君?」

だから、苦笑いを零してその場を去って行こうとした彼女の腕を掴んでそれを阻止する。結さんは、それに驚いた後不思議そうに俺を見つめる。彼女の言いたいことは手に取るように分かった。分かりやすすぎて、何だか笑いが零れた。

「結さん、俺、別に貴方のこと嫌いじゃないっすよ」



今まで彼女との間にあった溝を、埋めてみようと思ったのはただの気まぐれか否か。



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っていう感じの黒田が歩み寄るシリーズみたいなの書きたいんですけど。
歩み寄ったら苦手感情なんか綺麗さっぱりなくなってあっさり落ちそうな黒田ですけど!
そうならないようにいつかシリーズ書きたい。でも暫くは無理そうだと悟ってます。
取り敢えず書きたい事が纏まらさすぎる。

   
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