「……うわっ、まじか!?そこの女子!どいてくれ!ぶつかる!」
「え?……ちょっ、ま、えええぇっ!?」

大学3年生の春。それは、突然降って来た。



「ほんっとうに申し訳ございません。必ずや後日、改めて謝罪に参りますので」

大学の敷地内にあるカフェテラス。私の目の前にはアイスティー。それから、世にも珍しい鮮やかな空色の髪色を持つ青年と、これまた珍しく美しい白銀の髪色を持つ青年が座っていた。どちらも、モデル顔負けのご尊顔をしていて、私の目には少々、いや、かなり眩しい。これでアイドルや俳優ではないというのだから、不思議なものだ。
彼等の名を粟田口一期さん、鶴丸国永さんというらしい。同じ大学の1年生、つまり後輩だ。
そんな目の前に座る彼等は私に対して頭を下げている。イケメン2人に頭を下げさせている女子、ということなのかなんなのか、先程から痛いほどの視線が私に突き刺さっていた。

現在私がカフェテラスでこんな状況に陥っているのには、訳がある。それは、数十分前へと遡る。

大学3年生の春。卒業に必要な単位はおおよそ1,2年の時に取得しているため、あまり講義は入っていない時期。けれど、来年の卒業論文のために気になる教授の研究室へと足を運ぶ毎日だった。時期になってあたふたとするのが嫌なタイプだったから、事前に色々と決めておきたかったのだ。それに、今のうちから足を運ぶ生徒はあまりいないから、熱心な生徒だと教授にも好印象を与えることができるし、悪いことは無い。今日も、そんな気になる教授の研究室からの帰り道だった。
バイトまでまだまだ時間はあるし、図書館へ行くか、それとも誰かとダラダラ喋るのも悪くはない。
どうしようか、と今後の展望を悩んでいた矢先に、ちょうど通りかかった階段前で、それは起こった。

「……うわっ、まじか!?そこの女子!どいてくれ!ぶつかる!」
「え?」

階段の上の方から綺麗に通るアルトの声が響いた。私に向かって投げかけられた言葉なのかは分からぬまま、反射的に顔を上げる。
そこからは、全てがスローモーションのように見えた。
真っ白な固まりが宙に浮き、その固まりの犯人であるその人は、酷く驚いた顔をしていた。まさか向こうも勢いよく階段を飛び降りた先に、誰か人がいるとは思ってもいなかったのだろう。慌てて声を上げたものの、当の本人はもう軌道修正が利かぬような状態だったし、その上私はあまりにも突然すぎる出来事に動くことができなかった。つまり、そこから導き出される結論は。

「ちょっ、ま、えええぇっ!?」
「うわあぁっ!?」

彼と私は、勢いよく衝突した。
しかし、幸運なことに、受け身を上手く取れたのかなんなのか、大した怪我は無く、少し身体に痛みが走った程度だった。
が、それはあくまで私の話であって、ぶつかった彼はどうか分からない。慌てて私の上に乗っかる彼に大丈夫かと声をかけたところ、向こうも無事だったらしい。勢いよく身体を起こしたかと思うと、すまなかったとこれまた勢いよく謝るのだ。
その素早さにたじろいでいれば、元々彼を追いかけていたのだという粟田口さんが現れて、私と鶴丸さんの惨状に声にならぬ悲鳴をあげたかと思えば、こうしてカフェテラスへと連行され、深々と謝罪を受けている次第である。
先ほども述べたが、本当に周りの視線が痛い。野次馬根性が立派な人ばかりだ。粟田口さんと鶴丸さんには申し訳ないが、視線から早い所逃れたくて、顔を上げて欲しい一心で言葉を紡ぐ。

「えぇ、そんな、いいですよ。顔を上げてください。大した怪我もしてないですし、お互い不注意だっただけですから」
「いいえ!それでは私の気が済みませんから」
「すまなかったな、君」
「いえ……」

さっきからずっとこの調子だ。私が大丈夫だ、気にしないで。と何度も言うにも関わらず、彼等は(特に粟田口さん)謝罪を繰り返す。その上後日改めて、だなんて言うものだから驚いてしまう。よく出来た子だな、と思う反面、私は何処も怪我をしていないのだから、そこまでしてもらわなくても大丈夫なんだけどなあ。という気持ちでいっぱいである。というか、私がぶつかったのは鶴丸さんなのに、何故粟田口さんの方がこんなにも申し訳なさそうなのだろうか。

「あの、ほんとに、大丈夫です。アイスティーのお金も出してもらってるので」

そうなのだ。事情を聞かせて欲しいという粟田口さんにカフェテラスへと連れて来られたのだが、無理矢理連行したようなものですので。とアイスティーの代金を支払ってくれていた。何度もお金を返します。と言って小銭を差し出したのだが、その回数だけ、受け取れません。と笑顔で突っ返されていた。その内、それに見飽きたのか鶴丸さんにも「男にも見栄ってもんがあるんだから、有難く受け取っておくのが華だぞ」と言われてしまったのだ。そうして渋々アイスティーを奢られる形に収まったわけだが、此処で更にお詫びを受け取って欲しいというのだから、困った。本当に、私はなんともないのだ。

「さっきのアイスティーといい、君も中々強情だなあ。そんなに施しを受けるのが嫌かい?」

鶴丸さんが、頬杖を付き、カラカラと氷だけが残ったグラスに左手を使って、ストローで鳴らしながら目を細める。それは決して嫌味のような問いではなくて、純粋に疑問に思っているみたいだった。
「鶴丸殿、」と粟田口さんが諌める声がすぐに聞こえたけれど、当の鶴丸さんはどこ吹く風だ。気にしていないらしい。
私が堪らず、彼の何処か優美に見える所作に言葉を詰まらせると、急かすでもなく「うん?」とただ微笑まれる。こりゃ、相当下級生の間で噂になっているだろうなあ。と彼の笑みを見て思った。3年まで噂が回ってくるのも、時間の問題だろう。だなんて、思考を飛ばすのは逃げだろうか。

「いえ、そういうわけではないですけど……」
「けど?」
「単に、フェアじゃないというか……。特に今回はお互いの不注意が原因だし、そんなそちらばかりが気に病むことでは無いと思うんですよ。正直、そちらがお詫びを、と言うなら私だってお詫びをする立場にあると思います」
「……だってよ、一期」
「そこで何故私に振るんですか……。では、篠崎さんは、双方に得のある提案なら受けてくださる、と」
「うん?……いや、そういう話では無かったんだけど……。まあ、そんな提案があるなら、そうなるの、かな?」

つまりは双方お詫びをする必要がない、と言いたかったのに、何故だか双方得するようなお詫びを、という風に方向性が若干ズレている。双方得するお詫びってそれ大してお詫びとは言わないのでは?と思ったけれど、此処で口を挟んだらもっとめんどくさそうな予感がするので黙っておく。
……何故私は2つも下の男の子に言い負かされそうになっているのだろうか。段々状況がよく分からなくなってきたぞ?

「……君、俺達と友人にならないか!」
「……んん?」

暫くその得のある提案とやらを2人して考えていたのだろう。首を捻っていた鶴丸さんが急に思いついた!と言わんばかりにパッと顔を上げる。その内容があまりにも私の思っていたものと違って、今度は此方が首を捻る番だった。捻るというよりは、傾げるといった方が正しいか。何をどう思えば双方得するお詫びが、友達になることに繋がるのだろう。鶴丸さんの隣の粟田口さんも、ぽかんと口を開いている。
鶴丸さんの考えることは、よく分からない。

「あの、何故私達が友達になることで双方得することになるのです……?」
「……怒らないかい?」
「彼女が怒るかもしれんことを言う自覚があるのなら、言わなければ良いのでは?」
「言ってみなきゃ分からんだろう!価値観は人によって違う!」
「はあ……。まあ、聞くだけなら」

友達にならないか、と高らかに宣言した時とは対照に、眉を下げて不安そうな表情をする彼に、よく表情が変わる人だなあ。と思う。そんな彼に慣れているのか、粟田口さんは深い溜め息を一つ吐き出している。
取り敢えず聞くだけなら、と彼の考えに耳を貸す姿勢を見せる。
そこで私は、彼の言葉に大いに驚くのだ。

「俺みたいな美人が友人にいるなんて知ったら、皆羨むだろう?」
「……は?」
「はあ!?」

まさかの言葉である。
確かに彼は美人だし、中身は割と明るい感じで親しみやすい人柄だし、そりゃまあ、そんな彼と親しくなったなら皆、というか特に女子はそうだろうけども。それって私への得か……?寧ろ仇では……?
あまりの言葉に素っ頓狂な声を漏らしてしまったが、私より素っ頓狂な声を出したのは粟田口さんである。「何を言っているんですか貴方は!?」と彼の肩を掴んで揺さぶっている。鶴丸さんはそんなことをされても、何処吹く風と言ったように「ははは」と笑っているだけである。強いなあ、この人。

「ちなみに俺達は大学生活において貴重な先輩を得ることになるわけだ。学部は違えど、1年次は共通科目もあるだろうしな」
「それはどう考えても彼女の方が得の度合いが低いのでは?鶴丸殿大丈夫ですかな?」
「おいそれどういう意味だ。俺は至って真面目だぜ」
「貴方って人は……!」
「っ、ふふ、あはは!……面白いこと言うんですね、鶴丸さん。此処まで自分の見た目に自信を持つ人、初めて見たわ」
「おっ、どうやらきみのツボにハマったらしいな?驚いたかい?」
「ええ、そりゃもう。予想外過ぎるわ、ふふ」

鶴丸さんの言葉と、そんな彼と粟田口さんのやり取りが面白くって、笑いが零れた。そんな私に気を良くしたのだろうか、鶴丸さんが気前良く話しかけてくる。その問いに答えながら、私はまだ笑っている。視界の隅で、粟田口さんが理解出来ない。という表情をしているのが見えて、益々可笑しくてたまらない。きっと私は、これで粟田口さんに変人認定をされるのだろうな。と簡単に予想が出来た。

「それで?君は俺の提案に乗るのかい?乗らないのかい?」
「篠崎さん、嫌ならはっきり断ってくだされ」
「なんで嫌がってるのが前提みたいな 話し方なんだ!」
「……いいですよ、友達になるの。ふふ、貴方みたいな“愉快な人”と知り合うのは、私の得になるんですよね?」

彼の言う提案に乗ったというよりは、乗せられてあげたと言うべきだがそこはまあ、些細なことだろう。私は、確かに彼のことを面白いと感じたのだし、親しくなったら愉快な日が過ごせるような予感がしたのだ。
そう思ったからこそ、少しの意地悪のようなつもりで言葉を返したのだが、少々予想外だったらしい。彼は小さく驚いた後、口角を上げた。

「……俺みたいな“美人”と友達になると、君の得になるだろうな。鶴丸 国永だ、宜しく頼む。……勿論、一期もだ」
「……粟田口 一期と申します。宜しくお願い致します」
「篠崎 椿よ。宜しくね、鶴丸さんに粟田口さん」

こうして私達は奇妙な出会いを果たし、友人という枠に収まることになった。


***


その日、久し振りに夢を見た。
何もないただただ広い空間で、私ともう1人、誰かがいる夢。
私ではないその人の顔や格好なんかはぼんやりとしていていまいち思い出せない。思い出せないけれど、酷く懐かしい気がしたことだけは、しっかりと覚えていた。
あれは一体、誰だったのだろう。





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