小説 | ナノ



嗚呼、俺は何をしているんだろう。
いくら手をのばしても、重ねてくれる人なんて誰一人いないのに。

そもそも、俺は、ここにいる?

俺は、誰なんだ?

ただのアイデンティティークライシスだと信じたい。

でも、





流星は涙と共に





「ヒロト!」

そのヒロトは俺?

そう思っていたら、反応に遅れてしまった。今は練習中で、みんなに迷惑をかけるわけにはいかないのに。

「どうした?ヒロト?」

また、ヒロト。
君が呼ぶのは俺なのか。そうまた考えてしまうと、今は練習に気が入らないことを感じた。

「ごめん、今日は休んどくよ」
「おう!気分が悪いなら、早く元気になるといいなっ」

ニカっと笑う円堂くん。それがたまに、ものすごく吐き気をもよおす。あんなの、俺は知らない。どうすればあんな笑顔ができるのだとか、どうすればあんなに人を心配できるのだとか。

「‥‥気持ち悪い」

考える度に気持ち悪くなっていく。今思えば、エイリアの頃は楽だったのかもしれない。グラン、という宇宙人を演じていれば、それだけで存在できた。
でも、今は、

「ヒロトでなくちゃいけない」

気づけば、水道の前にいた。頭を冷やすために水をかぶる。しかし、頭は冷えない。何も、感じない。

"ヒロト"は父さんの子供の名前だった。似ているから、と俺はその名前をもらった。最初はもちろん、嬉しかった。お日さま園でみんなで遊んだり。それももちろん楽しかった。晴矢や風介や緑川に出会えたことは本当によかったことだと思う。
でも、年を重ねるごとに、思うことがあった。

(俺は、"ヒロト"なんだよな?)

与えられた名前は、元の持ち主がいるだけに俺自身を蝕んでいく。ただ、代わりとして生きているかのような錯覚を覚えてしまう。
だから、自分がわからない。

「――ヒロト!どうしたんだ?練習、休むって‥‥」

俺のそばに来た緑の髪の毛。

「レーゼ」
「‥‥っ。グ、グラン様っ」

思わず呟いてしまった。緑川に冷や汗が流れているのもわかるし、顔が真っ青になっているのもわかる。しょせん、条件反射というやつだ。

「‥ごめん。ちょっと呼んでみただけ。今のは気にしないで」
「はっ。了解致しました‥‥って、俺もごめん。つい、エイリアの頃の反射で」

でも、さっきのお前、エイリアの頃に似てた
そう言って、緑川は練習に戻って行った。あと、みんなが心配してたぞ、と残して。

みんなに心配されているヒロトは"基山ヒロト"なのか"吉良ヒロト"なのか。答えはたぶん、基山ヒロトであってはいると思う。でも、俺がもし"吉良ヒロト"の代わりとして生きているのなら

(みんなが心配しているのは俺自身じゃない)

自然と、目元がぬれていた。ごまかすように、顔を洗う。タオルなんて持っていないからユニフォームで水を拭いた。
これではいけないと思い、やっぱり練習に戻ろうとする。

「ヒロト、もう練習に参加して大丈夫なのか?」
「基山、さっきフォーメーションに一部変更があってな‥」

『君は君。俺は俺だよ。そんなの気にせずに君の人生を生きればいい。俺の代わりなんて思う必要ないよ』

一瞬、"吉良ヒロト"が見えた気がした。直接会ったことなんてない。俺に似ていたし、写真で見たことのある顔だったからそう思っただけ。

「俺は俺か‥‥」

少しだけ、それでも前よりもだいぶ楽になった気がした。

「どうしたんだ?ほら、早くサッカーやろうぜ!」
「‥ああ!」





(君が俺の代わりになるなんて)
(父さんも姉さんも)
(望んでないよ、)
(君は君なんだから)

(やっと俺は"基山ヒロト"を)
(肯定できるようになった)











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