Chapter 5-16
「「「えっ?」」」
一同が、一斉にシヴァルの方を向いた。反応したのはスィルツォードではなく、ティマリール、ミスト、セレンだった。どうやらここからは彼らにとっても、未知の情報のようだ。
「支払ったって……その人の情報が本当だって、分かったんですか?」
「報酬目当ての人間がつく嘘ほど、分かりやすいものもない」
不安げに訊ねるセレンに、シヴァルは淡々と言った。
「先の情報提供者の面々には、そのユーモアを讃えて薬草セットを贈呈した。しかし、一人だけは違った。確かな事実を、持ってきてくれたようでね」

置いてあるグラスのその上に、シヴァルはぐいと身を乗り出した。内緒話をするように、スィルツォードたちも顔を近づける。シヴァルは少しトーンを落として、真面目な表情で言った。
「得られた情報によると……どうも、昨日のうちに魔物たちが酒場に忍び込んでいたようだ。夜の間は人に化けていて、ここでよろしくやっていたと」
「まも……えっ……!?」
大きく出かかった声を噛み殺すスィルツォード。
「化け具合はうまいもので、人間に変わりなく、見ただけでは分からないくらいだったんだろう。それで……どうも、魔物たちは昨夜の料理に細工をしたらしい。それを食した者が深い眠りに落ちるように」
「まあ、なんと……」
ミストが驚きの表情を見せる。
「そういえば……」
スィルツォードには思い当たる節があった。確か、昨夜の食事は少しばかりつついた程度だ。それでも得た眠りは深く、今朝は一瞬身体が起こせないほどだった。
少量でこれだから、まともに食べたのではちょっとやそっとの騒ぎでは目覚めなかったのだろう。
「昨日の晩飯、食ったのは誰だ?」
ダンケールが訊くと、ミストとゼノン以外の手が挙がった。
「ゼノンはまあいいとして、ミストも食べていなかったんだね」
「ええ……わたくしも昨夜は、ここの食事はいただきませんでしたわ」
シヴァルの問いに頷くミスト。
「そうか、だからミストは朝が早かったんだな。オレを起こしに来てくれたのもミストだったし」
ちらりと彼女に目を向けると、無言の頷きが返ってきた。
「ソティアも食ってたのか」
「ああ、仕事の片手間にちょっとだけね。その後バタン、だったわけで」
面目なさげに、ルイーダは答えた。
「あたしを起こしてくれた子も晩を食べてないらしくて、眠りこけることもなかったみたいだよ。夕飯に何か盛られた可能性は、かなり高いと思うね」
「だな。食った奴は寝てて、食ってない奴は寝てない。そう考えるのが自然だろう」
頷き合う二人。ルイーダとダンケールはともにシヴァルの情報を支持するようだ。

「ちょっと待って」
進みつつある話を、ティマリールが制した。
「それってほんとに信用できるの? シヴァさんが騙されてるってこと、ないよね?」
「その通り、私が情報の真偽を完璧に見抜く保証はない。そこまで自惚れてはいないよ」
もっともだ、とシヴァルは頷いた。その後に、「ただ」と遮る声。
「あたしらがこれを信じる理由はそこにもあるんだよ」
彼の言葉を、ルイーダが引き継いだ。
「あたしはあの子が誰よりも仕事にまっすぐなのを見てきてる。シヴァルとも知り合ってるし、適当な情報を投げるとは思えないね」
シヴァルは頷き、彼女に続いて再び口を開いた。
「情報を提供してくれたのは、アネイル=ハンティアという人物だ。スィルツォードくんも知っているかな」
「アネイル、って……あっ!」
名を聞いてほどなく、ショートの銀髪と褐色に焼けた肌、そして辛辣な口調が脳裏に蘇った。
「どうやら知っているみたいだね。情報元が彼女だということが、私が信用に足ると判断した証拠そのものだ」
コーヒーを口に運びながら、シヴァルは淡々と答えた。
「……でも、アネイルさんが嘘をついてないって言い切れるのはどうしてですか? あの人は……有名な盗賊なんですよね」
二言三言を交わしただけで、彼女のことをよく知らないスィルツォードはまだ疑心を拭えない。
「もちろん、私も念を入れて確かめた。『よもや私を欺こうとしてはいないね?』と。そうしたら彼女はなんと言ったと思う?」
「うーん……」
「ゼノン」
突然シヴァルに名指されたゼノンは、マントの下でわずかに肩をすくめて言った。

「……アンタを敵にするには、10000ゴールドじゃ安すぎるっつーんだ」

仮面の下から、いつか聞いた声が聞こえた。
「えっ……アネイルさん!?」
鋭いその声色は、実に彼女にそっくりだった。が、次の言葉は別の人物のものになっていた。
「……まったく、あたしゃこのためだけに呼び出されたんだよ。こんな使われ方をするなんてね」
「あれ、ルイーダさん……?」
「ちょっと、自分の声を聞くなんてこっ恥ずかしいじゃないか。物真似はあたしのいないところでやっとくれよ」
仮面の下のルイーダに、本物のルイーダが言う。
「その仮面……何か仕掛けが……?」
「なに、ただの声真似だよ。これでもわたしは遊び人なのでね、この程度の芸当は身につけている」
不思議そうな顔のスィルツォードに、三度声を変えるゼノン。台詞こそ似合わないが、セルフィレリカのそれだ。

「さて、ゼノンで遊ぶのはこのぐらいにして、話に戻ろう」
「ひどい! 私で遊ぶだなんて!」
ゼノンの嘆きを無視して、シヴァルがまた話の舵を取る。
「自分でこういうことを言うのもどうかと思うが、彼女の言葉通り、10000ゴールドのために私を騙そうというのは、私を十分に知ってくれている人ならまず考えないことだと思っている」
一同がそろって頷く。ギルドに入りたてのスィルツォードには分からないが、アネイルとシヴァルやルイーダとの間には、確固たる信頼が築かれている――それは共通の認識であるらしい。情報の信憑性を疑う余地はなさそうだ。
「……シヴァルさん、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」
ミストが静かに訊いた。
「なにかな、ミスト」
「アネイルさんからのお話は、これで全てですか」
「そうだが……何かおかしなところがあったかな?」
シヴァルも穏やかに返す。
「いえ……気になりましたのは、周りにお住まいの方々も、騒ぎに気がつかなかったということですわ」
「確かに……あたしらが眠りこけてたのはいいとしても、あれだけ派手にやってりゃ気がついた住人だっていそうなもんだけどねえ」
思案顔で答えたミストに同意して、ルイーダが言った。
「まだ何か、裏がありそうですね……」
考え込むセレン。
「そのあたりのことも分かればよかったんだがね。私が彼女から聞いたのはそれだけだ」
シヴァルはそう言って、グラスに残った分を飲み干した。
「もっとも、彼女が私に教えなかった情報がないとは限らない。この情報をそもそもどうやって彼女自身が得たか、とかも含めてね」
「そのへんは、報酬を渡すときにあたしも聞いたのさ。そしたら、『アタシが受けた依頼は情報の提供で、情報源の提供じゃないね』って突っぱねられちまったよ」
「あはは、ねーさんらしいや」
笑うティマリール。スィルツォードにもなんとなく、その光景が想像できた。

「とりあえず、誰がやったかに少なからず目星がつく情報だけでも得られたことは良しとしたい。少しは対策も取りやすいだろう」
「ああ。俺の方でもまたいろいろ動いておく。みんなも、しばらくの間気をつけてくれ」
ダンケールがそう注意を喚起して、話し合いは終わった。
ぞろぞろと席を立ち、離散するメンバーたち。スィルツォードは席を立つことなく、ぼんやりと彼らが人混みに消えていく様子を眺めていた。
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