Chapter 5-4
◇◇◇


「まあ……リーゼさんは、ナンバーのおかげでティマリールさんとお知り合いになれたのですね」
「そうなんだよー。200番の人がいなかったのもあるけどね」
ミストが両手を組んで、目を輝かせる。偶然が起こした出会いを、彼女は心から喜んでいるようだ。
「なんか、出会い方はともかく……話の中身は普通だったね」
「えー、普通でいーじゃんかー」
「リーゼ、100人目のメンバーになってしまったのが運の尽きか……かわいそうに……」
「スィル、ひどいっ!」
話に過度な期待をしていたらしいセレンと、リーゼを哀れみ混じりの目線で見つめるスィルツォード。そしてそんな二人に突っ込むティマリール。
早くも、このグループにおける各人の立ち位置や構図が完成されつつある。

「それじゃ、リーゼと二人で行けたから、クエストも楽だったんだな。オレたちといっしょか」
「そだねー」
延々とからかいを続けるほど、スィルツォードも意地が悪いわけではない。
ついこの前の過酷なクエストを思い返し、彼は言った。
「あれ? リーゼは回復呪文、使えるのか?」
「さあ……ボクは見たことない」
「それじゃ、回復はどうしたんだ?」
何気なくかけた言葉だったはずが。
「あっ、その……それはね……必要なかった、っていうか……」
「えっ、すごいなそれ。リーゼって、ああ見えて強いのか?」
「強い、って言えばもう、ね……あはは……」
「……?」
ティマリールのなんとも歯切れの悪い返事に、スィルツォードは首を傾げる。
また、謎が増えた。

「ティマ、飲み物もってきたよ」
そこに、席を外していたリーゼが、トレイに二杯のグラスを載せて戻ってきた。グラスの中にはミルクティーとレモンティー。そのうち、レモンティーの入ったグラスを持ち上げて、ティマリールの前に置くリーゼ。どうやらこれはティマリールが注文していたものらしい。
「ごくろう、シスター! ほうびを与える」
ティマリールは入れ替わりに、トレイに残ったもう一方のグラスを持ち上げてリーゼに渡す。
「あ、ありがと……って、これもともとあたしの……!」
「あれ、そーだっけ。まあまあ、細かいことは気にしなーい!」
「もうっ……!」
「あはははは!!」
「……ふふっ」
いつものように、リーゼをからかう"自称"姉。
そんな姉に一度膨れっ面を見せた後、満更でもなさそうな困り顔で笑い返すリーゼだった。


「賑やかだったなー」
「そう、ですね……」

なんとも騒がしい朝食を終えて、スィルツォードはリーゼとともに食後の一杯を楽しもうと、コーヒーをこしらえた。
ミストは朝の礼拝があるとのことで、教会へ。セレンは街の市場に用があるらしかった。そしてティマリールは、食べ終わるやいなやちょっと動いてくる、と街へ飛び出していった。相も変わらず忙しない少女である。

というわけで、二人が残ったわけなのだが。
スィルツォードにとっては、リーゼと話をするいい機会だった。皆でがやがやしていた朝食の席では聞けなかったいろいろなことを、彼女に聞いてみたかったのだ。花壇の花たちのことや、裏庭のことなどなど。彼女の方も、いつか窓越しにお辞儀をしてくれたりしたのだから、自分のことをそれなりに認めてくれてはいるはずだ。こうして残ってくれているのだし、なおさら。

「そういえばさ」
「……なんです、か?」
少しばかりコーヒーを啜り、やおら切り出すと、リーゼは返事をしてくれた。どうやら大丈夫だと、スィルツォードは問いを投げてみることにした。
「前の花壇、あれ……リーゼがいつも水をやってるんだよな」
花壇、というフレーズを出した途端、リーゼの顔が明るくなった。
「はい」
ふわりと笑う彼女。その笑みは、いつか窓から花壇を見下ろしたときに見た微笑みと同じだった。
「あたし、お父さんが庭師なんです。それで、あたしも花が好きで……でもギルドに入ったとき、ここの花壇には何も植わってなくて」
「えっ、そうなのか」
リーゼがこくりと頷く。てっきり、以前の世話人から仕事を引き継いだものと思っていたが、そうではないらしい。
「それで……お願い、してみたんです。花壇を使わせてもらっても、いいですか……って」
「お願いって……ルイーダさんとダンケールさんに?」
もう一度、彼女は首を縦に振る。
瞬間、スィルツォードの脳内にここを取り仕切る二人の姿が浮かび上がった。

『花壇? ああ……お前さんが使いたいなら、別に構わんぞ』
『そうさね、アンタの好きに使うといいよ』

(こんな感じかな……?)
素っ気ない返事が、頭の中で再生される。
勝手な想像であるが、二人とも、あまりこういうことには頓着がなさそうだ。
「……ってことは、ここのカラフルな花たちは、みんなリーゼのプロデュースなのか」
「はい。入口が明るいと、人もいっぱい来てくれるかな、って……」
「明るい……」

スィルツォードは瞑目して、いつも自分を出迎える酒場の入口から、花壇をごっそり消してみた。確かに、殺風景だ。アリアハンの玄関口に位置する建物にしては、あまりに華がない。
「オレも、綺麗な花を見ていいなって思った。オレ、花には全然詳しくないし、たくさんあるうちのどれがなんて花かとか、そんなことも分かんないけど……なんか、落ち着くんだよな。それに、しゃきっとする気もする。いい匂いがして」
「花の香りって、いろんなものがあるんです。ただいい匂いがする、ってだけじゃなくて、心が安らぐとか、気持ちが静まるとか……ここには、ちょっと、怖い人が多いから」
「あー……」
無理もないな、と彼は頷く。リーゼから見れば、屈強で血気溢れる男たちと言えば、それだけで恐怖の対象にもなるのだろう。スィルツォードとて、卓を囲み酒を煽る彼らとは、あまり進んで関わりたいとは思えない。
「あとは、目覚めの花をちょっとだけ、植えたりもしてます。遅くまでお仕事する人も、たくさんいるから……元気になって、くれるかなって」
「そうだったのか。植える花はリーゼが決めてるのか?」
「はい……あたしが選んでます。ルイーダさんに、そう言われて」
なるほど、やるのなら自分できっちりやれ、ということか。ルイーダの気質がそこに表れているようだ。スィルツォードには、そんな風に感じられた。
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