Chapter 2-7
「あ……飯食ってなかったな」
ギルド二階、ラウンジにて。
時計の針はまだ約束の時間の十数分前を指している。
ここまで来て、スィルツォードは自分が昼食をとっていないことを思い出した。今の今まで体全体の鈍痛が食欲を頭の隅の隅に追いやっていたらしいが、ここでコーヒーを飲んだことを思い出したか、彼の胃はささやかなシグナルを発した。
「つっても、もうセルフィレリカが来るころだろうしなぁ……」
何か軽いものでもと思ったが、食べ物を調達してくるにはやや短い時間しか残っていなかったようだ。
「まあ、こんくらいなら平気か。おとなしく待ってるとするかな」
「いいのか? 腹が減っては戦はできないと言うぞ」
不意に届いた声に振り返ると、そこには数刻前に別れた顔があった。
「うわっ! セ、セルフィレリカ……?」
「そこまで驚かれるとは……ん?キミ、その顔はどうした?」
スィルツォードは驚き、やや飛び退いたのだが、セルフィレリカの側もスィルツォードの異変にはすぐに気付いたらしい。かいつまんで頬が腫れることになった経緯を話すと、彼女は「やれやれ……」と深く息を吐いた。
「まったく、ティマリールは……」
「……ティマリール?」
聞き慣れない単語に、スィルツォードは眉を顰める。
「このギルドの問題児、とでも言えばいいかな。何かと騒ぎを起こす子でな、ルイーダさんたちも手を焼いているんだ。それにしても、初日から巻き込まれるとはキミも大変だな」
「んー……あの子、悪い子なのか?」
「いや、どこぞの大富豪のように鼻持ちならないということではなくてだ、手の掛かるいたずら娘といったところかな。わたしは彼女が少し苦手で……いや、嫌いではないんだが。今朝も彼女のことでため息をついていたんだ」
そんな風にも見えなかったけど、と首をひねるスィルツォードに、セルフィレリカは言葉を継ぎ足す。
「まあ、同業者なわけだ、キミもすぐにでも再会することになるだろう。さて……とりあえず、昼食としようじゃないか。わたしも用事が長引いてしまってな、まだ食事をとっていないんだ」
「なんだ、そうだったのか。んじゃ、何か適当に食べるかな」
席を立つスィルツォード。その後しばらく、二人はお昼の時間をとることにした。
「ごちそうさま……っと。ここのランチ、結構美味しいな」
「ああ、わたしも長く食べているが、かなり食べ良い料理を出してくれる。値段も手頃だしな」
「ははは……オレにはちょっと高かったけどな……」
昼食を摂り終え、二人は階下に戻る。「では行動開始としようか」と言うセルフィレリカについて、スィルツォードは先ほどルイーダに案内された掲示板の前までやってきた。
「何か適当な依頼をひとつ受けてみよう」
「ああ。けどいっぱいありすぎて……どれにすればいいか分かんないな」
「そうだな……この辺りがいいんじゃないか?」
彼女が指差した先、そこには鋲で留められた一枚の紙切れ。
『採取依頼・大烏の爪を二枚。報酬150ゴールド』
「……大烏の爪なんて、何に使うんだろう」
「そういうことはあまり気にしない方がいいぞ、これから先こんな依頼のオンパレードだからな」
「……ま、これでいいかな」
訝りながらも、その紙切れを手にとり、カウンターへと向かう。この時間はさして混んでいないらしく、ルイーダが手を空けて待っていた。
「やって来たね。最初の依頼は……なるほど、まあこんなところだね。頑張って来るんだよ」
「はい、行ってきます!」
新しい、最初の仕事に高まる期待。スィルツォードは、それを隠しきれないとばかりに元気よく言った。
「出発する前に……だ。キミ、登録はもう済ませたのか?」
酒場を出ようとした矢先、セルフィレリカの一言にスィルツォードはあっ、と声を漏らす。
「忘れてた……なんか午前中は開いてなかったから後回しにしたんだった」
「わたしと落ち合う前に済ませておけと言いたかったが……そういう理由なら仕方ない。ティマリールのトラブルに巻き込まれたことも考えれば、キミを責めることはできないな。とりあえず登録だけしておくとしよう」
「だな。言ってくれてありがとう」
「お安い御用だ」
そんな会話をしつつ、二人は階段へと戻り、登録所に向かった。